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ブログポータルサイト「ナムジャイ.CC」 › 子供に学ぶタイ語

2012年05月09日

奇跡?

 前回からの続きで、長女の高校受験の話である。

 今月の2日に受けた、県内のチャイヤプム女学校(今は事実上共学だが)の受験結果発表は今日9日に発表されるはずだったのだが、すでに昨日の昼過ぎにはウェブ上で発表されていた。
 
 こういうところが適当なのが、さすがタイの学校である。

 という訳で、今日ドキドキで見に行くはずだった受験結果は昨日の午後には判明してしまったのだ。

 結果はと言うと…。

 ネットで合格者名を閲覧していた長女が、「あ!○○!受かったよ〜!あ、××も。理系クラスに名前があった。」などと一喜一憂していた。
 私には、その長女の友達たちが受かったという事自体、「本当に?そんなに簡単にみんなが受かるのか?それとも、彼らはこの休み中に必死で勉強したのかも?」などと思っていた。

 そして、肝心の長女はみんなが合格する中、友達の合格を喜びながらも、自分の名前が見つからないのに焦っていたようだった。


 ところが、「ええっ!!!」
殊更大きな叫びを上げた。

 「あった!私の名前が!IEPクラスの3番だって。あ、ダー(親友の名前)もある。4番だよ!」


 これを聞いた私は、我が耳を疑った…というか、何かの間違いでは?と思ってしまった。

 自分の娘の合格をこんな風に思う親なんているのかと思われるかも知れないが、この一年というより、この受験直前でさえ、長女の生活は普段とまったく変わりなかった。

 日本で「受験勉強」と言えば、どんなに遅くても夏休みくらいには誰もが真剣に猛勉強に励んでいると言うのが私の受験に対する固定観念だった。

 ところが、タイの田舎の学生は、そういう真剣さがまったくない。
 
 何年か前、我が家の子供たちより数年上の義姉の息子が受験したときも、試験の前夜になって少し勉強をしているというので、受験する気がないのだと思っていた。
 
 日本だったら、中間期末テストの前だって、何週間前からとかテスト勉強するに決まっているのに、一生を左右するかも知れない入試の前に何の勉強もしないのだから、呆れて物が言えなかった。

 ところが、自分の子供たちがそういう年齢になるにつれて、タイの田舎の子供たちは、これが普通なのだと理解するようになった。

 
 来年、大学受験を控えている長男は割といろいろ考えて行動するタイプなので、自分なりに物理や化学の勉強に力を入れていて、皆が行くような、俗に「サマー」と言われる夏期講習にこそ行かないが、家の仕事の手伝いの合間に本を広げて受験勉強らしきことをするようになった。


 ところが、今年元の学校に残る事を止めて、新たに受験することにした長女は、朝から晩まで、店の手伝いも多少はするが、暇さえあればモバイルでネット。
 そうでなければテレビの前に陣取って、ダラー•カオリー(韓流スター)が一日中出ている韓国チャンネルに釘付けになっている…という様子だった。


 「少しは勉強したら…。」という私の言葉も虚しく、少し受験用の本など開いても、5分もしない間に閉じられている。
 今まで勉強したことが分かっていないので、何を勉強したらいいのか分からない…と言った状態のようだった。

 だから、前回にも書いたように、タイ人お得意の「セン」を使うことしか考えていない様子だった。

 
 そして、私同様に呆れていたかどうか分からないが、とにかく長女を前の学校に通わせたくない主人は、長女の言うように、「義母の近所のセン」「主人の友人の母のセン」(地元の有力者で県内の婦人会長などの関係で有力らしい。)に加え、「店の客で父親が元校長で、その兄弟が国会議員だという人のセン」まで取り揃えて、何が何でもその女学校に入学出来るように準備をしていた。

 私は、何で長女の受験に婦人会長や国会議員の弟まで出て来るのか…と更に呆れたが、使える者は何でも使え、これがタイ式なのだから仕方ないと放って置いた。

 
 そうして、今日の発表の結果を見に行って、結果がダメなら(誰もが無理だと思っていたが)まず、バンコクから戻って来ている義母の近所の校長の娘に学校まで来てもらって、その知り合いに頼み込むはずだった。
 万が一それがダメな場合は、次の主人の友人に電話して…と主人と長女の中で計画が準備されていた。

 ところが!である。
 何の間違いか、長女の神頼みならぬ仏頼みが通じたのか、奇跡は起きた!

 まあ、私としてはタイの田舎の学校のレベルがこんなものなのだと思ってはいるが…。
学校で先生が教える内容の半分以上が理解出来なくても、テストではなんとかほどほどの点数が取れてしまう。
 前の長女の学校などは、テスト前に先生がテストに出題する問題をプリントして配っていると言うのだから、生徒も努力する必要も無くなるのだろう。
 
 いずれにせよ、タイの中で生きて行くには、このぬるま湯生活でもやって行けるのだから問題ないのかも知れない。



 結局、主人が周到に準備したいくつもの「セン」は使われることなく終わった。


 しかし、私としては喜んでいいのか…と複雑な気分である。
 
 もちろん、「セン」など使わずに入れたことは喜ぶべきだが、こんなに何の勉強もしないで入れてしまうのでは「努力」ということの価値を知らずに成長してしまうように思う。

 しかしこの「努力」と言う言葉自体、もともとタイに於いてはあまり意味の無い言葉である。
 皆、「努力」より「幸運」と言う言葉を好む。
苦労して手に入れた結果より、幸運で飛び込んで来る結果の方を好む。
 苦労は嫌い、楽して得するのがタイ人のモットーである。


 まあ、それはさておき、この「幸運」で受験を通り抜けた長女が、主人をはじめ、家中の皆が願っているように、レベルの上がった学校の級友に刺激され、自分の将来のために、勉強に目覚めてくれる事を願うばかりである。

 親が一生保護者でいられるならいいが、そうは行かない。
いつかは、誰もが自分の足で歩き、自分の頭で考えて行動しなければならないのである。

 高校一年生。
 かつての自分もまだまだ子供だった気がするが、少しずつ自分で判断出来るようになって欲しいものである。



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Posted by バットニャオ at 07:35Comments(6)TrackBack(0)タイの学校

2012年04月26日

センヤイ?センレック?




 今年中学を卒業した我が家の長女は、来学期には別の学校に通う予定である。
 
 本来、タイの学校制度から行くと、普通、幼稚園と小学校が併設されていて、小学校を卒業すると中学校受験があり、それに合格すると、今度は中学と高校が併設されているのが普通なので、高校進学時には名簿の確認程度で、そのままエスカレート式に高校進学となる。

 幼稚園は「アヌバーン」と呼ばれ、小学校は「パトム」、中学高校は総称して「マタヨム」だが、細かく分けると、中学校は「マタヨムトン(=初めの)」、高校は「マタヨムパーイ(=終わりの)」と呼ばれる。

 略称では、アヌバーンはอ•1、อ•2、パトムはป•1、ป•6という風に、日本の学年と容易に比較できるが、マタヨムはม•1は中学一年生だが、ม•3が中3なまではいいのだが、ม•4は高校一年生になる。そして、ม•5が高2、ม•6が高3となる訳である。
 時々、頭が混乱していると、高2の息子の学年を日本語で「高校5年生」などと口走ってしまう事も侭ある。


 まあ、そういう学校事情はこの程度にしておいて、つまり来学期から長女は「ม•4」になる訳なのだが、中学受験時に、第一希望の学校に合格出来なかったので、二次募集でなんとか間に合った学校に今までいたのだが、やはり高校に進学するに当たって、今の学校より、長女の得意な語学系で有名な元女子高校に入りたいという事になった。


 そこで、今月の末に受験申請に行って、来月の頭には受験となる。

 ところが、過去の中学受験で苦い思いをした長女は、受験に対してかなり怯えていて、受験に大して消極的なのだ。

 誰でもそうだと思うが、絶対大丈夫と言われれば安心だが、落ちるかも知れないという不安が有れば、あまり気が進まないものである。

 ところがここはタイ。

 長女が例の元女子校に入りたいという話を聞いた義母は、さっそく近所の学校の校長先生とその娘がそこの卒業生で、先生に協力なコネがあるというので、その先生一家に話をしてしまったのだ。

 すると、話がどんどん進んで、もうそこの卒業生の娘は学校の先生たちに話をしてしまったと言う。

 義母が電話して来て、「安心していいよ、ヤー(=お祖母ちゃんの意味)のセン(=コネ)は並のセンじゃないからね。」と言う。
すると長女は、「ヤーのセンはそんなに凄いの?」と聞き返した。
 義母は、「センレック(細いセン=クィッティヤオの細麺に掛けて)じゃないよ。ヤーのセンはセンヤイ(太いセン=これもクィッティヤオの太麺に掛けている)なんだから。」とジョークを言って、大笑いしていた。

 確かに、受験に合格出来なくて裏口入学などは当たり前のタイ。
警察や、公務員になるのはもちろん、いい会社で働くにも最終選考は、この「セン」か、現金が必要だと言う。
 タイで暮らせば、やはり慣れなくてはならない社会の仕組みかも知れない。

 だが、出来れば実力で入ってもらいたいので、試験を受けずに最初から「セン」でお願いしてしまおうという、義母の意向はちょっと待ってもらい、とりあえず、正規に出願して試験を受けさせることにした。

 来月の受験はどうなるか、そして、その後の義母の動きにも油断が出来ない今年の長女の高校受験である。


 


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Posted by バットニャオ at 00:29Comments(2)TrackBack(0)タイの学校

2012年04月03日

4月1日は何の日?

 『4月1日はエイプリルフール』という常識の世界から、離れること数年目にして、我が家に新しいメンバーが増え、それ以来『4月1日は「ミックの誕生日」』というのが我が家の常識になった。

 そう、今から6年前の4月1日の朝7時過ぎに、この世に誕生したミックも今年で6歳になった。
 今でもはっきりと覚えている。
 6年前の私は年度末の最後の夜に破水し、病院に向かったまでは良かったが、その後ロクな陣痛も無く、蚊を叩きながらベッドの上で余裕で出産の順番待ちをしていた。
 その余裕が看護婦の気に障ったのか、点滴に知ら間に陣痛促進剤を投入されたらしく、その後今までの出産で経験した事の無いほどのもがき苦しむ陣痛が始まり、その翌朝ミックを出産したのであった。

 まあ、そんなこんなで無事生まれたミックの6回目の誕生日が、昨日4月1日であった。
  
 子供の誕生会と言えば、それを口実に親戚が集まり、食事会もそこそこに飲み会の末、夜明かしでトランプ大会になるのが相場だが、この日は昼間から酔っぱらいが大嫌いなミックに
「今日はミックの誕生日だから、飲酒禁止だってポーに言って置きなよ。」
と耳打ちしておいたせいで、出発前に父親がタイブランデーの大瓶を用意していたのをすかさず見つけ、「今夜は禁酒」というミックの発言で、食事の水代わりにビールを飲む程度で済んだ。

 ところが、それでも親戚同士の会話に花が咲き、ようやく重い腰を上げたのは、11時近くになっていた。

 すると、もう眠くなっていたミックがあまりの眠さに、暴走を始めた。
何が何でも、「イヤ!ダメ!」の反抗的な態度。
何を言っても聞く耳持たず、これではまるでミックの大嫌いな酔っぱらいのようだ。

 結局、物は投げる、泣き喚く、言う事は何も聞かないという手の付けられない態度に、周囲の誰もがお手上げで、せっかくの誕生日なのに、最後は父親にマイマヨムでむち打たれ、道路物を投げたので、私の平手打ちを食らいそうになったが、私が精一杯抑えて、頭を小突く程度で済んだが、皆に怒られ散々の誕生日になった。

 しかし、冷静になって考えれば、これはこんな時間までダラダラ話している大人たちが悪いような気がしてきて、さっき小突いたことを謝ると、何とかご機嫌を取って無事、車に乗せた。

 そして車に乗る前に、「こんな時間まで、いつまでもお開きにしないから仕方ないんだ。もう眠くて、訳が分からなくなってしまっているんだから。もう、来年は誕生会なんてしない方がいい。」
と、長兄とその奥さん、義母に愚痴っておいたので、それが親戚にも広まって「私が宴会の文句を言っていた。あいつはこういうのが嫌いらしい。」と何となく伝わればいいのにと思っている。
 口に出しては言いにくいことを、こうして皆の噂にして流してしまうというのが、タイの田舎流のコミュニケーションの秘訣である•••。



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Posted by バットニャオ at 02:03Comments(7)TrackBack(0)タイでの子育て

2012年03月17日

ヴー(「OVER」=オーバーの略語「VER」)

 タイにいると、一部の反愛国に気が狂った、俗に言う「スアデーン(赤服派)」を除いて、タイ人のほとんどが、異常なくらいプミポン国王を敬愛していることに気がつくだろう。

 そのほぼすべてのタイ人が敬愛するプミポン国王の信条として、国民に提言している「生き方」が「セタキット•ポー•ピヤン(足るを知る生活)」である。

 我が家の次男の性格はまさにその通りで、例えば、学校に持って行くお小遣いも、上の二人は一日80バーツなのだが、自分は70バーツで文句を言わないどころか、持っていると使ってしまうからと言い、往復のバス代の30バーツしか持って行かないのが普通である。

 お昼は、お弁当を用意するのだが、それでも暑いから喉が渇いたり、食後や休み時間にお菓子でも食べたくなったら•••という母の心配をよそに、相変わらず必要なだけしか持ち歩かない子である。

 それ以外にも、お腹が空けばご飯を食べ、腹が膨れれば、いくら自分の好物があったとしても、それ以上無理に食べる気もない。
まさに「足るを知る」タイプなのだ。

 ところが、長女はその全く反対で、国王を敬愛しているのは同じだが、その欲望はまさに際限なし、「足る」という言葉のかけらも見当たらない。

 我が家では、この長女のことを話題にするときに、よく「ヴー(OVERの略語のVER)」と悪口を言っている。

 つまり、何事に置いても、身の程知らずなくらいに度を越しているのである。

 つい最近、次男の使っていた一番安い「今どき白黒画面」の携帯が壊れた。
 もともと、次男は別に携帯を欲しがったわけではなく、中学生になり、学校が家から30キロメートルと遠くなったので、いざと言うときの連絡用に持たせただけのことだった。
 そんな次男の携帯には、普段はほとんど電話代が入っていない。
もっぱら受信専用と友達の電話番号を記録してあるだけの携帯で、学校の友達との連絡は家の電話で掛けるというような次男である。

 ところが、長女は正反対。
小学生の頃から、友達が持っていた携帯を羨んで、欲しがっていたのだが、あいにく学校が近かったし、親の送り迎えだったので買って貰えなかった。
 そして、中学生になり、学校が遠くなったのを理由に、「携帯が欲しい!」という猛攻で、入学後すぐに念願のスライド式携帯をゲット。

 ところが、それから一年もすると、また最新型の別の機種が欲しくなった。
しかし、我が家で一番の国王敬愛者の父親が、そんな贅沢な我が儘を聞く訳がない。
それでも、「欲しい!」と思い込んだ物欲が止められない長女は、考えに考えて、今の携帯を中古で売って、それに自分の小遣いを足して、2台目を買おうと考えた。

 ところが、長女が欲しい機種の置いてある店は、中古の買い取りをしていない。
そこで、長女が私に借金を申し込んで来た。
「もう一つの中古買い取りの店が今日しまっていたから、明日売ってお金を返すから、足りない分貸して欲しい。」と。

 ここで、なぜ、明日まで待てないのかとも思うのだが、こういうとき私は、「子供には子供の考えがある」と納得していた。

 こうして2台目を手に入れた長女は、その後3ヶ月もしないうちに、今度はWi-Fi機能のついたサムスンの携帯を見つけ、それが欲しくなった。

 もう、やはり3ヶ月前に買った携帯を中古として売ろうと思ったらしいが、いくら買ったばかりでも、一度使えば中古は中古である。
 自分の思っていた買い取り金額と折が付かず、売るのは諦め、とりあえず手持ちの金額ではもう買える訳がないので、私に前の借金も返していないのに、さらに借金をしたいと言って来た。
 私は何だか、前のツケも払っていないのに、さらにツケをしようとする、よくいる我が家の客を連想させて、頭が痛くなったが、このWi-Fiが付いていれば、もう満足するからという言葉を信じて、また自分で親バカだと思いながらも、この3台目の携帯を購入させた、父親には内緒で•••。

 そして、今回。
 弟の携帯が壊れたのを好機!と思ったのか、最近、また気になっていたらしい、スライド式だか折り曲げ式だかの携帯を買う事になった。

 「•••だか」というのには、訳がある。

 長女がその携帯を購入する前日に、長女のあまりの「ヴー」さ加減に呆れた私は、その日以来、必要最低限以外、口をきいていないのだ。

 その携帯を買った日、私は主人と次男三男を連れて、買い出しに行っていた。
その買い出しに出掛けたのをいい事に、父親のいないときに市内の携帯電話ショップに出掛けて買って来たらしい。

 しかも、その前に何と、弟である次男に1500バーツの借金をして•••。
 
 本当に長女の「ヴー」さ加減では、将来が思い遣られると長男と話した。
 確かに、主人の言うように、一人娘を甘やかした私の責任なのか、それとも性格なのか。

 私としては、自分で考えるようになって欲しいと思い、この先どういう行動を取るか、見守ってみるつもりなのだが。

 でも、こういう大人は、主人の友達や、店の客にも多くいるので、後先考えず、借金をするタイ人的思考なのかも知れないという気もする。

 もちろん、タイ人と一言に括ってしまうのは、カラー画面の携帯を一年も掛けて買うかどうか迷った挙げ句にやっと買ったというようなうちの主人や、物欲の少ない次男のようなタイ人もいるので、どうかとも思う。

 しかし、私の見て来た多くのタイ人の場合、あまり先の事を考えていないな〜と感じることが、あまりにも多いので、つい括りたくなるのである。

 ここ数年、ヤマハのFinoが爆発的に売れている。
最初、こんな高いオートバイはちょっとお金持ちの外国人とか営業主とかが買うのだと思っていたら、うちの末っ子が通う田舎の学校の送り迎えに、何台も並ぶようになった。
 ちょっとした、田舎の中高校生もこれで登校するようになった。
この前まで、オンボロバイクに乗っていたのに。

 多分、トヨタやいすゞのピックアップと同じで、一般の庶民が買えるように「頭金ゼロ」とか、月々500バーツからとか、そういう庶民の手の届くプロモーションを提供しているのだろう。
 確かに、簡単に手には入るが、その後ローンの手数料も含め、長い目で見ればより多くの支払いが待っているのだ。

 そうして、後先考えずに簡単に買ってしまって、すぐに支払いが出来ず、差し押さえになってしまった自動車は以前からタイでは当たり前の事だったが、この先は、差し押さえのオートバイも増えて来そうである。

 それもこれも、敬愛する国王陛下の生き方が真似出来ない、タイ人の「ヴー」な性格が招く結果なのである。

 

       あまり物欲のない次男

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Posted by バットニャオ at 05:04Comments(5)TrackBack(0)タイでの子育て

2012年03月10日

長男の旅行の土産話

 前回の「長男の旅行」から、だいぶ間が空いてしまった。

 さて、先月の下旬に高校生活の思い出にと、クラスの友人と旅行に行って来た長男だった。
土産話を聞き出すと、まず思い出というか、いい経験をしたのが、素潜り程度らしいが「ダイビング」。
 一応、海の中の珊瑚礁や、魚を見たらしい。

 その中で、ある友人は、20センチくらいもあるウニの刺が足に刺さって、痛くて歩けなかったそうだ。
その他にも、ほとんどの友人がウニの刺や貝殻で怪我をしたらしいが、幸い、うちの長男は、自分でも言っていたが、面の皮ではなく、足の裏の皮が厚かったらしく、何の怪我もなかったそうである。
 「日頃の行いがいいから」と得意顔の長男だが、単に運が良かっただけであろう。

 その旅行に行く前に、長男の親友である、メン(MAN)という友人がいるのだが、彼の家は、長男のクラスの友人にしては珍しく、我が家の市よりさらに山の中にある、田舎の小学校を卒業して、街の進学校に入ったのだが、父親は農業と牛飼いを兼業、母親は農閑期にはバンコクの方に出稼ぎに行くという家庭だった。

 彼も、このクラスの旅行に参加したくて、前払いの500バーツは何とか払ったのだが、残りの900バーツをもらうために、母親に頼んだところ、母親から「学校の行事でないのなら、参加は許可しない」という反対を受け、長男を始め、友人たちがこぞって懇願したにも関わらず、何だかやんわり、しかし断固として拒否され、結局友人たちの努力も虚しく、メンは参加出来なかったそうである。
 確かに、家庭の事情もあろうが、せっかくの友達との思い出旅行の機会を、こうして大人の都合で断れるのは、さすが、タイ人の母親•••と思ったのだった。

 私の個人的な意見だが、タイ人は大人社会で、子供の人格や意見を尊重するという考えが受け入れられない社会だと思う。
 やはり、これはタイ人の「年功序列」社会のせいである。

 とにかく、何が何でも「亀の甲より年の功」。
いろいろ考える若者の意見より、酔っぱらってクダを巻く年寄りの意見が通る社会である。

 私が勉強する子育ての先生の意見では、「自分が子供だったらどうして欲しいか考えよう。」と教えている。
つまり、子供の立場に立って考えよ、ということである。
これは、どんなことでも同じで、相手の立場になって考えるという姿勢なのだが、タイ人にはこれが通用しない。

 自分が子供だったころに、こうしたかったとかいう考えが許されなかったから、子供は大人の言うなりにならなければならない、と思い込んでいる。
 
 そして、自分が大人になると、同じことを子供に強要する。
これが順々に繰り返されて行くのがタイの社会である。

 話は逸れたが、このメンのお母さんの話に、反発を感じて、また、タイの社会構造などという方に話が飛んでしまった。
 本当は、この旅行後の高校生の休暇の過ごし方を書くつもりだったのだが、それは次回に改めて書くことにする。
 

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Posted by バットニャオ at 03:34Comments(5)TrackBack(0)タイの社会

2012年02月25日

長男の旅行

 今週から期末テストに(学年末でもある)入っていた長男と次男の通う学校が、今日24日でテストも終わり、5月中旬に始まる新学期までの夏期長期休暇に入った。

 今年、高2の長男たちのクラスは、来年の今頃はそれぞれ進学の準備で忙しくなるだろうと、高校の思いで作りのクラスの有志での小旅行を計画した。

 そのため、今日テストが終わったその足で、夜中の12時出発という、とてもタイ人らしいスケジュールで、20人ほどでワゴン車を借り切って出掛けるという事だった。

 行き先は、何とフアヒン(「ホアヒン」と呼ぶのが日本人式か?)。

 タイ人にとっては、ファラン(西洋人)がいっぱいの、少し高級感の漂うちょっとお金持ち向けのリゾート地である。


 最初、行き先を聞いたとき主人は言った。

「おい!お前ら贅沢だな〜。高校生の分際でフアヒンかよ。お父さんが学生の頃は、プークラドゥン(ルーイ県にある山)だぞ。バスにヒッチハイクに、歩いて山登りだ。でも、頂上から見る朝日は絶景だったぞ。ああ、今でも思い出すなぁ•••。」

と、一人感傷に浸って行く主人の話など聞いているのかいないのか、長男の返事は生返事だった。

 大体、今どきの高校生がそんな疲れる事を選ぶはずがない。
疲れるような事を進んでするなんてバカだ、いかに、楽しく過ごすか、楽をするかが彼らの選択基準である。

 それに、長男のクラスの有志と言えば、中1のときに英語強化プログラム(IEP)で集められた特別クラスの子供たち。
 普通の一学期の授業料が1,500バーツくらいなのに対して、そのクラスの授業料は6,000バーツほど掛かる。
 という訳で、必然的にその割高な授業料を払えるだけの余裕がある家庭の子供が集まる。

 つまり、長男が言うように、このクラスで出来た友人は「ルワイ(お金持ち)」が多いという事である。
 そういう子供たちの小旅行と言えば、やはり、ちょっと高級感のある避暑地•••ということになるのだろう。
 海辺の一軒家を借り切って、優雅に過ごす週末というわけである。

 さて、もうすぐ夜中の12時。
集合場所の学校から家が遠いため、一旦家に戻らず、街中にある友人宅で時間潰して、そろそろ集合場所に向かう頃だろうか。

 平日は学校、土日は塾と休みのない日々を送り、よくいる田舎の高校生のように、週末になると友達や彼女と連れ立って、オートバイで滝に行ったり、街に出掛けたりということがほとんどない長男。
 こんな滅多にない機会を、十分に楽しんで来て欲しいと願う母である。
 
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Posted by バットニャオ at 01:43Comments(5)TrackBack(0)タイの学校

2012年02月17日

ミックのお店屋さん

 先日、恒例の定期検診のため、コラートの病院にに義母を連れて行って来た。

 本当は、出かけるのが早朝5時ということもあり、また幼稚園もあるので、ミックが起きる前に、こっそり出掛けてしまうはずだった。
 しかし、こういう日に限って何かの予感が働くのか、いつもなら7時過ぎに起こしてもなかなか起きないはずのミックが、何故か朝の5時前から起きて来て、そのままなだめて寝かそうとしても、頑として寝室に戻らず、結局、仕方ないかと言うことで、臨時で幼稚園をサボり、コラートに同行した。

 さて、コラート市内に入ると、義母をいつもの「軍隊病院」まで送り、その後は我々の自由時間となる。

 もし一人で行ったら、今回は俗に「スタバ」と呼ばれるコーヒー屋にでも入って、久しぶりに一人でゆっくりコーヒーでも満喫しようかな、などと密かに考えていたのだが、ミックが一緒ではそれどころではない。
 
 一日中、食事する時間も取れないまま、ミックの要求通り、「ロータスで6回ゲームをする!」「ザ モール(タイ語では「ド モー」だが)で、プラー カベン(エイ)などの大きな魚を見る!」というミックの計画通りのコースを辿ったが、最初に朝早すぎて、ロータスやザ モールが開いていないだろうという私の説得で、まず私の目的のMakroで、買い物をすることになった。

 ここも実はミックのお気に入りの場所で、自分の大好きなお菓子類が、大型パックで買えるので、普段はチマチマと小分けで買っている駄菓子やスナック菓子などを次々と買い物カートに投げ込んで行く。

 そこで買い物を済ませ、一通りミックのコースを回っていると、義母から「病院の用事が終わった。」という連絡が入り、義母を迎えに行った。

 その後は、コラートに来たからにはここに寄らずには帰れないという、コラートの旧バスターミナル付近にある、トラクター部品店で、あらかじめ注文しておいた商品を取りに行き、それをピックアップトラックの荷台いっぱいに積んで帰宅となる。

 さて、今回の話の本題はここからである。

 何気なく、自分の好物のお菓子を買い込んで来たミックだが、ふと小売店用の大型パックで買って来たお菓子類を見て何か思いついたらしかった。

 いきなり、「メー、このガム、うちの店の前で売っていいよ。」(うちはお菓子屋じゃないんだけど••••)と言い出すミック。

 私も、このミックの発言に面白くなり、「うん、じゃあ店の前に掛けて置こうか。」
するとすかさずミックが「ねえ、これ売値はいくら?」というので、私が見ると、ガムの包みには「1.-」の数字が•••。
 そして、私が答える前に、「アンラ5バーツ、マイナ、10バーツコーレオカン(じゃあ、一個5バーツ、いや、10バーツにして置こう)。」と勝手に値段を決めるミック。

 「ちょっと•••、ここに1バーツって書いてあるんだけど•••。そりゃ無理でしょう。」
というと、「エー!バーツディヤオ!!サオ•••(えー!1バーツ!!悲しい•••)。」
 
 と、勝手に滅茶苦茶な売値を決めようとしたミックの計画は、無惨にも夢に終わり、結局、包装紙に書いてある通りの定価で売ることに•••。

 さて、翌朝、ミックが幼稚園に出掛ける前に一言。

「メー、ファークカーイドゥワイナ、カーイディーディーナ。(ママ、売るの頼んだよ、いっぱい売ってね。)」
と親のお金で買って来て投資金額ゼロのお菓子を、すっかり自分の商品と思い込んでいる様子のミック。

 私も冗談のつもりで話に乗っただけなので、もし店の前に置いて、お客の連れの子供が欲しがったら、サービスで上げようくらいに思っていたのだが、ちょうどその日にバッテリーを買いに来た客の子供が、子供にとっては面白くもない自動車部品店の店先に掛けてあったガムの包みを見つけ、「ねえ、これ欲しいよー!」と騒ぎだしたので、私が分けてあげるつもりで、「何色にする?」と聞くと、その親が「ああ、欲しいのなら買え、5個ずつでいいだろう。」というので、思い掛けなく、ミックのお菓子屋さんの売り上げとなった。

 幼稚園から帰って来たミックは、さっそく店の前の商品をチェック。
「あれ、何で減ってるの?誰か買ったの?」と聞くので、「うん、お客の子供が2人来てね、それぞれ、5個ずつ買ったの。だからこれ。」
 と、売り上げの10バーツを見せると、初めての売り上げに大喜び。本当に躍り上がって喜んでいた。(さすがタイ人の血99%、何でもすぐに踊りだす•••。)

 そして、翌日からは、前日の売り上げに気を良くして、家の中のお菓子を探して来て、カゴに並べ、店舗の拡大に勤しむミック。

 残念ながら、今日は子供連れの客が全く来なかったので、ミックのお菓子店の方はサッパリだったのだが、昨日の踊りを見たくて、母が計算を間違えて余計に入った売り上げの40バーツをミックの売り上げ袋に入れて置いたら、帰宅したミックはお札が効いたのか、昨日よりさらに輪を掛けて盛大に踊りまくっていた。

 そして、夕方、用事で隣のチャトラット市にある「ロータスエクスプレス」に行ったミックは、そこでさらに店舗の充実を図って、またまた父親の出資の元、自分の好みのお菓子を買い込んだらしく、主人に「ほら、お前が余計な事させるからだ。またお菓子を大量に買い込んで来たぞ!」と文句を言われてしまったが、私は気の済むまでやらせてみたくて、ボードを用意して、「ミックのお菓子屋さん」の看板まで書かせてしまった。

 それを店の前の棚に貼って、大満足の様子のミック。
さて、明日のミックのお菓子屋さんの売り上げは、いかに? 

 そうそう、いつも有れば有るだけ使ってしまうミックだが、今回のこの売上金には、「カー クルアンビン(飛行機代)」という名前が付いている。
この売上金を貯めて、「ピーチャパーメーパイジープン(ボクはママを日本に連れて行ってあげる)」なのだそうである。そして、さらには「メー、パーピーパイティヤオナ、ピーチャチャーイグンエーン(ママ、ボクを遊びに連れてってね、お金はボクが出すから)」と言い切るミック。
 もうすぐ6歳になる子供はこんなことも考えるのだな•••と感心してしまった。
 
 きっと、お金がなくて、私が日本に帰れないと思っているのかも。
でも、本当はそうでもない。
単に面倒臭いだけなのだから•••。




もしかして、幼稚園でも友達相手に商売を企んでいるのか?




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Posted by バットニャオ at 02:00Comments(8)TrackBack(0)タイでの子育て

2012年02月02日

遠足の季節 ~当日~

 さて、ミックが待ちに待った遠足の当日・・・。
何と、肝心のミック本人が熱を出してしまったのだ。


 ここしばらく、天候の変化にも負けず、安定した健康状態を保っていたミックだったのに・・・。
それが何故こんなときになって・・・。

 その原因は?
 実は、数日前に何を思い立ったか、主人が、数年来壊れたままだったカー・オーディオを修理に出して、新しく小型DVDも見られるようなセットまで付けたのだ。
 そのため、DVDに目がないミックは、この遠足前の数日間、学校から帰ってくるとそのまま車の中でエアコンに当たりながら、一時間以上もDVDを見ている・・ということをしたのが原因だと思われた。


 以前から、義姉に無理やりタムブンツアーに連れて行かれたりすると、長時間エアコンの効いた車で移動するため、帰ってくると必ず発熱・・・という事が多かった。

 やはり、田舎生まれ田舎育ちのミックは、エアコンに弱いらしい。
 そういえば、話は逸れるが、日本で生まれた直後から車生活をしている日本の子供と違い、(バンコクの子供も違うと思うが)このイサーン辺りの子供は、車に慣れていない子供が多く、大抵は車の後ろの荷台に乗るが、たまに可哀相に思い、車内の座席に座らせたりすると、必ずと言っていいほど、5分もしないうちに真っ青になって吐く・・・という経験が何度もある。
 要は車酔いなのだが、日本の普通の子供は長時間のドライブならともかく、これくらいならまず吐く子供はいないと思う。

 ミックは酔うことはないが、身体がエアコンに対して弱いのだろう。


 そういう事情で、せっかくの年に一度のミックの遠足は、家で休養・・ということになってしまった。

  
 
 そうして終わってしまった今年の遠足、もとい「タサナ・スクサー(校外学習)」だったが、やはりこの時期、上の子供たちも順番に出掛けて、先週は長男、そして今日は次男の番で、長男同様、昨日登校してから、チャイヤプム市内にある友人の泊り掛けで、早朝の出発に備えていた。

 大抵の田舎のタイ人の行動と同じであるが、こういう学校行事の場合でも、無理やりな遠距離の旅行計画を立て、それを早朝というより、真夜中に出発し、何とか次の日付に変わらない程度の時間に帰ってくる・・という強行日程で、無理やりな「日帰り校外学習旅行」を決行するのである。

 集合時間は長男の日は、出発が午前3時、帰りが午後10時の予定で、我が家から30キロの道のりをそんな夜中に送迎するのは迷惑なので、長男は比較的学校に近い友人宅に泊まらせてもらった。

 それを真似して、今回次男も友人宅のお泊りに出掛けたのだが、何と、今朝5時半ごろに朝食の支度をしていると、思いがけなく電話が鳴って、次男が「寝坊した!バスに乗り遅れちゃったよ!」と言ってきた。

 わざわざ、近所の友人宅に泊まったのに、これでは意味がない・・・。
原因は、友人は次男が目覚ましをセットしたと思っていて、次男は友人が目覚ましをセットしたと思っていた・・・という笑い話にもならないようなものだった・・。

 まあそれでも、もし我が家に泊まっていたら、私か主人が自分で目覚ましを掛けて子供たちを起こすだろうと思うのだが、その友人宅の親は、そういう責任感はないらしい・・・というか、やはり常識の範囲が違うようである。


 結局、我が家の次男も今回の「ノンカーイ旅行」に行きそびれたのだった。

 これらの「タサナ・スクサー」は政府の政策の一環で、この旅行のために政府から援助金が出るため、せっかくただで旅行が出来るのだから、行かなきゃ損!ということで、ほとんど先生の趣味で、どこかの有名な市場や観光地などに行き先が決まるらしい。

 「校外学習」というより、買い物ツアー的な感が否めない旅程である。

 私は、毎回思うのだが、無理やりな旅程を立て、こんな夜中に出発し暴走する大型バスに大事な子供たちを預けるのは、無事帰宅するまで本当に気が気ではない・・・。

 前回の、保護者会議のときの意見書に引き続き、次回の保護者会では、このことについて意見しなくては・・・と思った。

 もっと、近くで、社会見学をするのでも構わない、農業体験や工場見学などもいいと思う。
婦人会の旅行ではないのだから、お買い物ツアーで終わっては、せっかくの「校外学習」の意味がない。
また、外国人母の意見を、学校の先生に発表する日を楽しみにしている。 



 更新しました!

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Posted by バットニャオ at 02:57Comments(4)TrackBack(0)タイの学校

2012年01月26日

遠足の季節

 先週、ここチャイヤプムの中心部で行われる県の「ガーン・ジャオポー」が終わった。

 この行事の為に、市内の交通が規制されて、子供たちの乗る路線バスも郊外のターミナルまで行かないと乗れなかったり、朝のバスの時間も軒並みズレ込んで、いつもより遅れたりするので、遅刻してしまったりする・・という事態になる。

 その続きのように、お祭りが終わった今週も、バスが遅れることが続いたので、いぶかしく思っていたら、もう学校行事の「タサナ・スクサー(=校外学習)」という名目の学校遠足の時期になっていたらしい。

 何台もの、大型観光バスが、朝の6時前からカラオケの騒音を撒き散らしながら、列を組んで乗客を迎えに走って行く。

 こういう時期は、普通の路線バスも何台か借り出されて、遠足のお供に行ってしまうので、普通に路線バスを利用する我が家の子供たちが、いつもの時間通りに来ないバスのせいで、朝一番に乗って朝の朝礼に間に合わせるのに、2番目、3番目のバスの時間になってようやくその日の1番目が来る・・という事態になってしまい、朝礼やタイムカードを押すのに間に合わないという事になる。
 そして、遅刻になれば、生活指導点から引かれるので、子供はもちろん、親の私もこのことについて、先生に抗議したりしたこともある。

 まあ、そういう学校事情はさておき、この遠足の季節は、我が家の子供たちにも順番にやってきて、上の子供たちは、それぞれの日程で行ってくるが、来週の月曜日には、末っ子のミックの遠足も予定されている。

 さて、今年はここチャイヤプムの郊外にも、動物園が開園したので、今年はそこか?と期待していたら、昨年と同じ、コラートの動物園だった・・・・。


 そこで、昨年『幼稚園のทัศนศึกษา(校外学習)』 (http://lawan.namjai.cc/e33626.html参照)の記事にも書いた、悪夢?が甦った・・・。

 予定は未定の、成り行き任せの旅程、大幅に膨らむプログラム・・・。

 そして、私がチャイヤプムの出来立ての動物園にしたかった理由は、何よりも近いから。
また今年も、2時間以上も掛けて、あの音量全開のカラオケボックスのようなバスに揺られて行くのは、考えただけでも気が滅入る。

 それに、行き先のコラートの動物園。
学校側がワイロでももらっているのか、何故あそこに行かなければならないのか?

 確かにタイ式らしく、まだ完成してはいないのに、開園してしまったらしいが、県内に動物園が開園したのだから、そこに行ってもいいのでは?

 私がコラート動物園に行きたくない理由が、園児たちが動物の見学よりも入り口付近のゴーカートに夢中になることである。

 昨年も、動物の見学は、歩きたくない幼稚園児と先生の意見一致で、園内の回覧車に乗ってぐるっとひと回り園内の様子を見た程度で、後はメインのアザラシショーを見て、その後動物園の大半の時間を、そのゴーカートや、乗り物のおもちゃで過ごした。

 一回、10バーツ、ミックは何百バーツ使っただろう?
そして、保護者が一緒に来ている子供はいいが、そうでない子供は指をくわえてカートに乗っている子供たちを眺めているだけである。
 そんなにお金をもらってきていないからである。
  
 先生方も自分たちの昼ごはんやその後の休憩でのんびりしていないで、そういう子供たちのことも考えて、肝心の動物を見たら、さっさと引き上げればいいのに・・・と思ったのであった。


 まあ、そういう昨年の記事にも書いたような出来事で、うんざりしているコラート遠足だが、今年もこの季節がやってきたので行くしかなさそうである。
 うちのミックは特に危なっかしいので、動物園で迷子にでもなってサルの檻の中にでも入れられてしまうのでは?・・・と皆で冗談を言っている。

 だから、行きたくはないが、つい同行してしまう私である。

 今年の遠足の様子も、また帰ってきたら書こうと思う。
今年はどんなことが待っているやら・・・・。
 
 更新しました!

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Posted by バットニャオ at 07:27Comments(1)TrackBack(0)タイの学校

2012年01月08日

เงินปีใหม่(お年玉)

 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
こちらのブログでは、今日が今年の初更新になってしまいました。

 さて、もう正月早々から更新を・・と思っていたのですが、なかなか順番が回って来ず、ようやく今日の更新なので少し遅れた内容ですが・・・。

 今年の我が家は、1日つまり元旦を休みとし、それ以外はいつも通りの営業でしたが、今年も恒例の親族集合の新年会は昨年末から早々に計画されており、今年は2日の夕方から集合・・と主人が兄弟はもちろん、親戚の主人の従兄弟関係などにも声を掛けており、その晩の会場となった義母の家には、合わせて十数人の兄弟・親戚とその家族が集まり、ごった返しました。

 まあ、主人たちの目的は、親戚が顔を合わせて親睦を深める機会・・・という名目ですが、結局は自分たちが宴会をして楽しむのが真の目的なので、私たちは出来れば行きたくないくらいなのです。

 だから、長男や次男は顔には出さずとも、内心面倒くさがっていましたが、長女の目的は他にありました。

 正月に子供が楽しみにする・・と言えば、お年玉。
そう!普段からあれもこれも欲しい・・といろんな物欲に悩まされている長女には、臨時収入を得る最大のチャンスだったのです。

 基本的にタイでは、「お年玉を上げる」という習慣がありません。
・・というか、日本のように国民的習慣にはなっていないのです。
だから、「お年玉袋」などというものも存在しません。

 私の記憶では、最初にタイに来た頃は、この新年会でも、「子供にお金を上げる」などということをしたことがなかったので、タイでは「クリスマスと正月はない」と言うのが私の記憶に刻まれたのですが、ここ何年か主人たちが飲んでいる席で、酔った勢いか、子供たちにいくらかずつか、お金を渡すようになりました。

 我が家の子供たちには、私が毎年「日本にいたら貰えるはずだから」と言って、私のへそくりの中から、「お祖母ちゃんがくれたんだよ。」と言う名目で、お年玉を上げていました。


 そうしたら、今年は主人が、「今年の正月のเงินปีใหม่(お年玉)はどうする?いくらずつ上げようか?」などと言い出してきたので、正直驚きました。

 でも、子供たちの価値を親への貢献度で計る主人は、長男には500バーツ、長女と次男、末っ子のミックには200バーツで十分だ。」と言うのです。

 私は子供たちは誰でもそれぞれ同じに愛しているので、こういう「年齢」ならともかく「働きで金額に差をつける」という考え方は納得が行かないのですが、ここで反論するとせっかく少しでも子供にお金を渡す気になった主人が機嫌を損ねて「やらなくてもいい!」などと言い出すと困るので、ここはこれで、そのほかに毎年の私の側からのお年玉を上げることにして、納得しました。


 ところが!この当日の宴会の席で、主人は会場に来ている他の親戚の甥や姪たちにも一人ずつ「เงินปีใหม่(お年玉)」を上げたのですが、その金額が、我が家の長女たちと同じ・・・。
そう、その親戚の甥、姪たちにも200バーツずつを渡したのです。

 私は、何とも納得が行きませんでした。
確かに、主人が思うほど働きが良くないけれども、助けてくれることもあるし、何と言っても自分の子供なのに、200バーツ。

 確かに主人には身近なのかも知れないけど、年に数回合うかどうかの親戚の子供たちにも同じ200バーツ・・・・。

 私は甥や姪なんて100バーツでもいいのに・・。
その分、自分の子供に増やしてくれればいいのに、いや、甥や姪に200バーツでも300バーツでも構わないから、わが子たちにはせめて500バーツくらいにすればいいのに・・。
 なんで、自分の子供にケチるのか、親戚の子供に寛大なのか?
 私はこういうタイ人の親戚との距離感覚が、頭では分かっているつもりでも、未だに納得出来ないのです。
まあ、それは、その親戚が全て主人の側だからかも知れませんが・・・。


 というわけで、せっかく長女が期待していたお年玉は、今年は表面上、200バーツで終わったようです。
他に、「日本のお祖母ちゃんから・・」ということにして、私から別に渡しましたが、これは主人に内緒です。
 また、余計なお金があると分かると、いつ他の誰かに貸したいとも言い出しかねないので・・・。


 そういえば、先日ようやく売れたロット・タイ(『イサーンに埋没中』 http://mic.namjai.cc/e66134.html・参照)のお金も、数日後に、さっそく義母が、「誰かに貸したいから・・・」と言って、半分の金額(15万バーツ)を借りて行きました。
いくらかの利息を取るつもりですが、こうして利息どころか元金さえ返って来ないお金もまだまだあるのに・・・。

 本当に、こういう余計なお金があるとすぐに儲け話(損をすることの方が多い?)を思いつくので困ります・・・。
 
  あけましておめでとうございます!のミック


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Posted by バットニャオ at 08:25Comments(6)TrackBack(0)タイでの子育て

2011年12月11日

今年も懲りずに行きました。

 さて、次回からの続きです・・・。
 
 先々週くらいに、隣市・チャトラットのガーン・ジャオポーに偶然行ったところで終わりましたが、今月に入って、我が家の周囲も何気に騒がしくなりました。

 まず、9・10日に開催されるお祭りなのですが、もう商売っ気の強いタイ人のこと、すでにその前週から来て、風船割りや射的、輪投げなどのゲームを始めました。

 その準備が始まってからは、なるべくミックを市場の方には連れて行かないようにしたのですが、7日にしてすでに気づかれてしまい、7日から仕方なく日が暮れると夜な夜なお祭りのゲームに繰り出す・・・という日々が続きました。

 本来は、昨日から・・だったのですが、もう前々日から行き詰めていたので、今夜が最終日だったのですが、すでに飽きていました。

 今夜は、毎年恒例、お祭りの最大のイベント、オークションが開催されたのですが、うちは今年は何も競落としたいものがなかったとかで、主人は会食の席に座って、ただボーっと皆のオークションの様子を眺めていたそうです。

 
 さて、さほど目新しいものもないのですが、今年のお祭りの出店はというと・・・・。





 毎年恒例の風船割りダーツ。

 これは20バーツで7本のダーツを全て当てたら、商品が貰えるというのが基本ですが、最近は「5本=20バーツ」「3本=50バーツ」「1本=100バーツ」などと言う風に、チャンスを金で買うというか、いっぱい払えば、確立が高くなる・・・というルールにしている店が多く、長女が欲しがっていた紫色のスティッチのぬいぐるみは、娘のためにパパが頑張って、「1本=100バーツ」を払って、2回目にしてようやく手に入れました。
 ちょうど9日が長女の誕生日だったので、そのお祝いのプレゼントに・・というつもりだったようです。




 これも毎年恒例の射的。

 我が家は、長女と末っ子のミックだけで、この数日間でこれに1500バーツくらい注ぎ込みました。
どうせ大した商品のぬいぐるみもないのですが、普段ゲーム的なイベントから掛け離れた田舎世界にいるので、年に一度くらいはこういう出費も仕方ないか・・と思っています。
 これは、やはり20バーツで15個の空気銃の玉がもらえて、それを空気銃に差し込んで一メートル以上離れた場所に置かれた棚に並ぶぬいぐるみを撃つのですが、大人になると、片手で半身になり思い切り腕を伸ばして的のすぐそばまで銃先を向けて撃つので、当たるだろう・・と思いきや、それがなかなか当たらず、片手で持てない女の子や小さい子供がしっかり構えて狙って撃ったほうが当たるので面白いものです。
 我が家のミックも5歳児にしては、引き金を引くのも足を使ったりして何とか自力でセットして撃てるようになり、構えると結構当たって、鼻高々・・という様子でした。




 
 こちらも毎年やってくる、芸術的センス溢れる「回転木馬」ならぬ「回転動物園」です。
しかも何故か空飛ぶドラえもんまで・・・。
ミックが乗りたがるので、何度か乗せました。
待ち時間、あまりに暇なのでその舞台裏を見ようと、舞台の上と舞台の下の隙間から覗いたら、上の動物の乗り物の下には、自転車の車輪があって、その車輪の真ん中にある軸の両端から、上の動物にパイプが伸びていて、車輪の回転で動物が上下に動く仕組み(この説明で解かってもらえるか不安ですが・・・・)になっていました。
 そして、その車輪を回すのが、やはりどこでも大活躍の「タイでエンジンと言えばKUBOTA」のクボタ製エンジンでした。





 暗くて見難いですが、写真の下の方で、目のように輝いているのが、エンジンに付いているライトの反射板です。
舞台裏ならぬ、舞台下で大活躍のKUBOTA製エンジンです。
他でも、観覧車を回したり、エアークッションのスライダーなどの空気を送り込むのにも使われています。




これも見難いですが、写真の左端の方に置かれてベルトで観覧車を回しています。




このエアー・スラーダーの裏にもKUBOTAエンジンがあって、そこでフル回転で空気を送っています。


 とにかく、このお祭りの中にも、いったい何台のエンジンがあるのだろう・・と思ってしまうくらい、どこにでも使われる重宝なものなのです。




私的に気に入ったのが、このスライダーの入り口で不敵な笑みを浮かべる、「くまのプーさんもどき」です。
大体、これらは中国製なのですが、それにしても、似ていないのは仕方ないとして、この黒目と白目が完全に入れ替わってしまっているのは、まるで「プーさんお化け」のようで、すっかり気に入ってしまいました。


 とすっかり締めに入ってしまうところでしたが、肝心の「お祭りの最大の目玉」と言えば・・・・。

 そう、竹竿に電飾を飾っただけの、お祭りのオークションの目玉。
タイ人の見栄が火花を散らす・・という「フア・チャイジャオポー」です。






 今年は、若干電飾の飾りの本数が増えたような感じで、例年よりも多少派手になって、少しは競合う価値が出たような感じでしたが、今年も、隣の市から来た来賓の煽りで、昨年に引き続き「10万バーツ」の、我が市にしてはかなりの高値で競り落とされました。

 さて、今夜でお祭りも終わり。
また、明日から、平穏な日々が訪れる・・・といいのですが。



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Posted by バットニャオ at 04:04Comments(2)TrackBack(0)

2011年12月08日

今年もやってきました。

 このところ、いつも以上にすっかり更新が滞っていた当ブログですが、その経緯はコメントでも指摘されたように、すっかりタイ人化した言い訳の連続になってしまったので、こちらでは省略して、気を新たに更新を開始したいと思います。


 さて、今年もやってきた・・というのは、この時期、秋の収穫の前後になると、こういう田舎では、あちこちの市町村単位で、それぞれの土地神様を祭ったお祭りが次々と行われます。

 まず、我が家が行くのは、オークパンサーのすぐあとに行われる、主人の実家のお寺の寄付集めのためのお祭り。

 これは、「トート・カティン」「ブン・ドゥアンサーム」などと呼ばれ、このお祭りで色々なオークションや寄付を募り、いつも以上にお寺への寄進が増加します。
 お寺は、そんなに儲けてどうするの?・・・と思われそうですが、この少しでも多くの人出を集めるために、お寺の境内で「リケー」と呼ばれる伝統喜劇や、ここイサーンでは欠かせない方言を使った歌有り、踊り有りの喜劇「モーラム」、そして最新の劇場版映画などを屋外の巨大スクリーンで公開したり・・・と、かなりの投資をするので、実際のところそれほど大した収入にもならない、地元貢献型のお祭り・・という気がします。


 そして今年は、今までは行ったことがなかったのですが、我が家から主人の実家に行く途中のチャトラットという町のガーン・ジャオポーまで行くことになりました。

 今までは、隣町のお祭りなので、わざわざ30キロの道のりを行くほどのことはしなかったのですが、今年はバンコクの洪水の影響で、我が家に来ていた運送屋が一月の休業の末、廃業してしまい、直接家の前まで配送してくれる業者がなくなってしまったので、隣町まで定期的に荷物を取りに行くことになってしまいました。
 そのため、荷物を受け取ってくれる主人の友人宅に行くついでに、お祭りを見てきただけなのです。


 初めて行ったチャトラットのお祭りは、さすがに市の発展度が違うため、我が市のガーン・ジャオポーより大規模な気がしました。
 この市のジャオポー(建市の父?)は、中国人だということで、入り口のジャオポーの祠の真ん前に設置された大舞台では、なんとタイなのに、中国語劇が上演されていました。

 はっきり言って、タイ語しか解からないタイ人には理解できません。
中国語を話しながら育った二世・三世でも、あまり解からないそうです。
それなのに、中3の長女の友人は、毎年、舞台の最前列で観覧し、何が面白いのか、大笑いして見てしまうそうです。
上演内容は悲劇なのに・・・。

 まあ、そういうよく解からないタイ人のいまどきの若者の話は置いておいて、そこを入って行くと、その前の週に、主人の実家の村のお寺祭りで、ミックが2時間くらい粘ってやり続けた、「射的」
がありました。
 しかも、よく見るとその射的屋さんのおばさんに見覚えがありました。
そう、先週主人の実家に行ったときの射的屋と同じ人たちだったのです。
 向こうも、こんな5歳のちびっ子と中3の娘、その母親という組み合わせで、何度も何度も続けてやっていたので、覚えていたようでした。
そんな偶然(まあ、向こうは商売で各所のお祭りを回っているので、当たり前なのですが・・)に、娘が、

「今度、来月のうちの方のお祭りでも会うかな?」と言っていたのですが、今日、まだ完全にお祭りになっていない我が市のプレ屋台を見物に行ってきたら、やはり、予想通りいました、あのおばさんたちの射的屋が・・・。

 
 ・・・・思わず、すでに我が市のお祭りに話が突入しそうになりましたが、このチャトラットのお祭りについてまだ書き残したことがありました。

 ひとつは、恒例の「フアチャイ・ジャオポー」(竹竿などに電飾を飾っただけの、お祭りのオークションの最大の目玉。これを制したものは、その年のお祭りの王者になれる。)のオークション金額ですが、今年のチャトラットの競り落とし金額は、何と30万バーツ!!

 昨年、我が市でも異例の10万バーツが出ましたが、さすがチャトラットは桁が違う・・・。
競り落としたのは、土建屋をやっている国会議員の弟だとか・・・。
 
 やはりお金があるところにはある。
私にしてみれば、ただの竹竿に電飾なのですが、それが名誉なのですね。


 それから、話は変わりますが、子供たちが乗った移動遊園地のジェットコースター。

 こういうのは、何でも作りが危なげで子供を乗せるのは心配なのですが、今回のは本当にこれでいいのか・・・?
というものを見つけてしまったので、これは是非皆さんに見せたいと写真を撮って来ました。








 このジェットコースター、携帯式なので鉄パイプをその場で組み立てて完成するのですが、ナットが一個見つからなかったのか、とりあえずキーム・ロック(すみません、我が家でも売っているのですが、日本語が出てきません・・・)で、挟んで留めて置こう・・・ということか、いつもこれで済ませているのか・・・。
 絶対に安全性を疑ってしまう出来事でした。
ここは、下にタイヤがあってジェットコースターを引き上げて行く場所なのですが、この下には、こういうタイのエンジン使用物にはお約束の「KUBOTA」のエンジンが隠れています。

 こういうお祭りでは、エアー・クッションの遊具や、ミニ鉄道、回転木馬など・・・何でも、このKUBOTA製エンジンが欠かせません。





下で目を光らせるように潜んでいるのが、そのKUBOTAエンジンです。

 ということで、我が市のガーン・ジャオポーは、9日から始まります。

 次回は、その様子を書きたいと思います。


 
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2011年10月09日

「アイ・サット」「サンダーン・マー」

 5歳になり、幼稚園の年中クラスになったミックは、入園当初の心配はどこへやら・・・すっかり学校にも慣れて、幼稚園生活をエンジョイするようになった。

 しかし、それとともに増えて来たのが、子供たちの間で使われる語彙の数々・・・・。

 もともと、田舎の村立小学校の付属幼稚園なので、一歩足を踏み入れれば、そこはもう『イサーン語ワールド』
 一応先生方も気を遣ってか、外国人の私には、標準語のタイ語で話しかけてくれるので、授業中などはまさか、標準語で教えるだろうと思っていた私の予想とは違い、普段の会話もイサーン語なら、授業中はもちろん、保護者のほとんどが地元の村人なので、保護者会や各種イベントでの司会や挨拶も、バリバリのイサーン語で進行する。

 そういう状況なので、ミックの中でイサーン語の語彙が増殖するのは自然の成り行きだが、それ以上に、子供同士の口喧嘩から得た成果か、ミックの罵詈雑言は日増しに凄くなっている。 

 
 まず、学校で友達同士が喧嘩したり、ふざけて言い争ったりしているのを、しっかり聞いてきて、家に帰ってきてから、我が家のメンバーでも特に口の減らない長女相手に、その復習をするのである。

 たまには、一人芝居のように、独り言でブツブツ何かつぶやいていることもあるが、そういう時は決まって、イサーン語と罵声が混じっている。楽しい幼稚園生活を思い出して再現しているのかも知れない。


 そこで、最近のミックの定番が、

「アイ・サット」である。

 何か、気に入らないことがあると、すかさず吐き捨てるように、「アイ・サット!」。
兄弟げんかで、勝てないときも「アイ・サット!」。
父親に怒られて、気が収まらないときも「アイ・サット!」・・・・。


「アイ」は、標準語の「~野郎」「~な奴」の意味。
「サット」は、「動物」という意味だが、ここでは「畜生」と言った方がしっくり来るかもしれない。
日本語なら、「今畜生!」とでもいう感じだろうか。

 これが出ると、我が家のメンバーは皆、「あ~あ、またミックの罵言が始まった・・。」と呆れ顔になる。
まだ幼稚園児だから許されるが、これがいい若者だったら、相手によっては命を落としかねない、見ず知らずの他人相手に簡単に発するべきではない、いわゆる禁句である。

 そして、中間休みに入ったころから言い始めたのが、
「サンダーン・マー」
 これは以前書いた気がするが、私たちがここに越してきたばかりの頃、近所の兄妹の妹が兄に向かって吐いた罵声である。
私は、その頃意味がいまひとつ分からず、急いで辞書で調べたりしたものだから、今でもしっかり覚えている言葉なのだ。

「サンダーン」は、「性質」とか「性格」と訳されているが、ここでは「性根」と訳したほうが分かりやすいと思う。
「マー」は、カタカナ表記だと声調が分別できないので、「犬」か「馬」かはっきり分からないが、「犬」の意味の「マー」である。

 「犬」はタイでは、飼い犬というより野良犬のイメージが強いので、「犬」と言えば、「弱いくせにすぐに吠え、ゴミ箱を漁り、いつもゴロゴロ寝ていて、あたり構わず発情し、人目も気にせず交尾する」・・・等々、とにかく野卑な生き物としての認識が強い。
普段、人間の一番近くにいる動物であるが、それと同時にタイ語で「犬」と言えば、「クワーイ」(水牛)の「のろい、愚劣、馬鹿だ」というイメージ同様、「犬」と同等だと言うだけで、「最低な生き物」の代名詞となる。
 
 というわけで、この『サンダーン・マー』という言葉も、我が家の中でも、特に口の悪い父親や長女でさえ口にしたことがなく、私の記憶の中では、あの9年前の兄妹の言い争いで聞いただけだったと思う。


 これから、一ヶ月弱の中間休みを過ごし、新学期が始まったら、今度はまたどんな言葉を覚えてくるのか・・・。
いつまでこういう言葉を躊躇せず発するのか、心配とともに、実は内心、少し楽しみでもある。




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タグ :罵言畜生

Posted by バットニャオ at 04:51Comments(7)TrackBack(0)罵詈雑言

2011年10月01日

ダット・ファン(歯の矯正)

 もうすぐ、10月に入る。
いや、日本時間ではもう10月になっているのか。

 もう、我が家の子供たちのうち3人は中間休みに入り、先日の洪水で学校が冠水したために一週間臨時休校になって、期末試験が延期された長女だけが、まだ学校に行っている。


 さて、その長女だが、もう数ヶ月前から切望していることがある。
それは、若いタイ女性の憧れ的ファッションでもある、「歯の矯正」である。

 一昔前は「歯の矯正」と言えば、かなりのお金が掛かるので、笑ったときに見える前歯に嵌められた矯正器具は、ちょっとしたお金持ちのお嬢様やタレントなどのステイタスでもあった。
 

 だが、日本人の私の感覚では、歯を矯正するということは、歯並びが悪い証拠でもあるので、それを治療している段階を見られるのは「恥ずかしい」と言う感じなのか、日本ではあまり歯に治療器具を嵌めている人は見ないし、それでも必要な人は寝ている間だけ使用したりする・・・というような記憶がある。

 だから、タイ人のように、わざわざ歯の矯正器具を見せびらかすようなことはしないと思っている。(もう、日本の生活を離れて長いので、今の日本はどうなっているか分からないのだが・・・。)

 ところが、タイ人はこれ見よがしに見せびらかすし、最近では若い男子も同じように歯の矯正が流行っているらしい。
しかも治療器具の前歯の部分にはダイヤモンド風のガラス玉の飾りまで付いているというから、もう本当にファッションなのである。
 
 というわけで、長女の学校でも、この治療一式で数万バーツするという「歯の矯正」をする友達がかなりいるらしい。
まあ、金額が金額なので、誰でも出来るわけではないが、ある程度生活に余裕がある家の子供たちが続々とやっているらしい。

 長女もそんな友達の影響もあり、しかも以前から爪噛みの癖があったせいか、前歯が少し重なってしまっていて、この前歯を矯正したいのは、長女の場合は単なるファッションだけではないのである。
 もうすっかり人生の春も終わってしまって、自分の姿を省みることもなくなった母と違い、思春期真っ盛りの長女はこのところ自分の容姿や、体型、色々なものが気になるらしく、この「歯の矯正」も本気で切望しているのである。


 普段から口に何かが入っているのが嫌いで、飴もガムも食べない私にしてみれば、あの針金で出来たような歯の矯正器具を一日中、しかも何年も付けると思うだけで、ゾッとするが、それをわざわざ好んで付けたいなどというのは、さすがタイ人の血が流れている長女である。

 私は、タイのうら若き乙女たちが、「ニッ!」と笑ったときに、前歯に嵌っている治療器具が見えるだけで、寒気がして、「ご苦労様です・・・。」と言いたくなるのだが、あれを誇りに思い、自慢しているとは、これも理解し難いタイ人の感覚の一つである。

 中身はどうあれ、何よりも外見を重要視するタイ人の美的感覚と、お金第一の虚栄心の相乗効果がこのタイ人の「歯の矯正」ブームに拍車を掛けているのだろう。



 さて、もう数ヶ月続いている長女の「歯の矯正」計画・・・。
この時期、店の売れ行きの方も停滞気味なので、いつになることやら・・・。
この計画が難航している原因の一つは、本日更新の姉妹ブログ『イサーンに埋没中』に続きます。




更新しました。

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Posted by バットニャオ at 01:25Comments(7)TrackBack(0)タイの社会

2011年09月22日

น้ำท่วม(ナム・トゥワム=洪水)~その後

 さて、先日から封鎖された我が家の前の道路も、昨日から開放され、例の陥没した道路も、何故かいきなり大型バスまでが通過出来るようになったそうで、昨日から長男たちは、平常の通学路へ戻りました。

 しかし、つい一昨日まで一部の区間で道路のほとんどが陥没して、オートバイも通れないと言われていたのに、この復興の速さは、一体どうしたのか?と疑問でなりませんでした。

 日本のような「やる気と技術に裏付けられた団結力」が、とてもこのイサーンの田舎の人たちにあるとは思えない、なのに何故、こんなに早くこの道路が通れるのか?

 

 話によると、陥没した部分の道路に、一時的にコンクリートの板を渡し、それでなんとか通行できるようにした、まさに「その場しのぎの苦渋の策」ということでした。

 さすがは、タイ人。お得意の「とりあえず」作戦です。
これが壊れて、車が一台くらい落ちたら、今度は別の方法を考えよう・・というわけです。

 ちょうど、まだ通行止めが解除されていないときに、長女と主人が見物に行って来たときの写真です。

 タイ人の行動パターンを理解するのに、非常に参考になると思います。


 まずは、問題の陥没した道路。
これは、タイの政府予算が、一部の公務員を潤して、国民のために使われていない証拠です。
 自分たちの腹を膨らませるために、なるべく経費を節約しようとする役所の無理な注文で、材料を節約したお粗末な工事のために、出来る限り薄~く敷かれたアスファルトがすぐに壊れました。
 我が家の客の話によると、例えば、1千万バーツの予算が出ると、それを請負業者に発注して、9百万バーツくらいに予算を抑えさせ、その浮いた百万バーツは、役所の職員たちが着服するという仕組みだそうです。
一介の公務員がこういう金額を工事発注の度に「食っている」わけですから、まさに美味しいに違いありません。



                半分以上が陥没した道路




                激流の横で魚捕りをするのがタイ人





                大漁大漁・・とさっそく売り始める村人





           何故か目に付いた、こんな状況でいちゃつく若いカップル




                洪水の現場で買って来た魚
          



                主人が捌いてさっそく今夜の食卓へ







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Posted by バットニャオ at 05:13Comments(6)TrackBack(0)

2011年09月18日

น้ำท่วม(ナム・トゥワム=洪水)~再び

 


                我が家の前の交差点の道路閉鎖


 今年も、恒例のน้ำท่วม(ナム・トゥワム=洪水) 』の季節がやってきました。
今年のチャイヤプム市内は、雨季の前にここチャイヤプムでは、上初と言ってもいいほどの、巨大な排水管を道路に埋め込む大工事をしたので、毎年恒例のチャイヤプム市内の洪水は、だいぶ緩和されたようです。

 我が家の子供たちも、今年は洪水で膝まで浸かる洪水の街中を歩いたのは二日くらいで、それ以降は、洪水と呼べるほどの洪水にはなっていないようです。

 まあ、あれだけの大工事をしても、やはり完全には対処しきれていない・・ということに、タイの行政の詰めの甘さといい加減さを感じますが、それでも、少しは進歩した・・と思うべきなのでしょう。


 ところで、こうした街中の洪水が緩和されたのもつかの間、一昨日の朝、6時半に店のシャターを開けると、ちょうど我が家の前の交差点に、警察が何人か立っており、チャイヤプムの街中に続く方面に行く道路を封鎖していました。

 朝から、何か覚せい剤とかの検問でもするのかと思っていたら、どうやら、ここからチャイヤプムの街中に入る道路の中間点にある『メナム・チー』(チー川)の増水で、道路が水浸しになり、その川の上に掛かっていた、長さ20メートルほどの橋の橋脚部分の下の地面が崩れ、橋の真ん中が落ちた・・という話です。


 しかも、そこを無理に通ろうとした高利貸しの取立て屋の2人が乗ったオートバイが流れに飲まれてしまって、行方不明になった・・・ということでした。

 そのため、その現場から約10キロ以上離れた、うちの前の交差点で道路を閉鎖し、庶民を危険から守ろうという方針らしいのですが、ここから、その洪水現場までの間に用事がある人が、閉鎖された道路の合間を縫って、無理やり通行し、道路上でUターンを繰り返し、そこへ直進の車がぶつかりそうになるという、余計に危険な道路状況になっています。


 それを見ていた私は、「行きたいヤツには行かせればいいのに・・・、せっかくの人の忠告を信じなければ仕方ないのだから、無理に閉鎖しなくても・・・。」と思いました。                                                    
 その後、昨日、今日も橋は通行不可能なまま、子供たちは一昨日の夕方から、50キロくらい遠回りになる道を帰宅するためにいつもの路線(を外れた)バス乗って帰って来ました。

 いつもなら1時間弱で着くところが、この遠回りのせいで、1時間半以上掛かるようです。

 今朝の話では、行方不明になったオートバイはすでに5~6台になり、どれも未だに見つからないそうです。

 この前の日本の東北大震災で壊れた高速道路が、6日くらいで元通りになった・・というニュースが世界中で高い評価を受けましたが、このタイの田舎の小さな橋が復旧するのはいつのことやら・・・・。


 ちょうど、後一週間余りで学期休みになるので、出来ればその間に直す努力をして欲しいものだと思いますが、新しく首相に就任した、インラック女史は、自国の国民が困っている全国的な洪水問題よりも、外国のサッカーや、外交の方が大切な様子なので、こうした末端の小さな橋に修築の予算が回ってくるのかは、いつのことやら・・・。
まず、外交とサッカーを済ませてからの問題となるのでしょうか?


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
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Posted by バットニャオ at 03:37Comments(3)TrackBack(0)タイの日常茶飯事

2011年09月10日

キラー・シィー(運動会)

 家の事、商売の事で、このところゴタゴタしていて、こちらの更新がすっかりご無沙汰していました。
前回の『ワン・メー』からでは、ほぼひと月ぶりの更新になってしまいそうです。


             運動会の順番待ちの合間にサボって遊んでいるミック
 


 さて、今月の初めに、上の3人が通う中学・高校のキラー・シィー(運動会)が行われたのですが、もう中学生になると親が見に行く行事はほとんどありません。
 この運動会も例外ではなく、それぞれ一週間連続で体操服を着て登校し、中学一年の次男は応援で参加(強制参加)、中学3年の長女も同じく応援部隊として、それぞれ2週間前くらいから、応援の練習のために放課後の特訓まで参加していました。

 今年高校2年になって、晴れて応援部隊の義務が終了した(中1から高1までが義務)長男は、息抜きのための遊戯王カードと、宿題をするためのノートブックを持って登校し、ほぼ毎日一日中、図書館や校内のベンチでのんびり自由な時間を満喫していたようです。

  
 それが終わって、今週の6~8日の三日間は、末っ子・ミックの通う小学校のキラー・シィーが行われました。

 私が毎年思うのは、何故このタイで、この時期に運動会などをやろうと思うのか?ということです。
皆さんもご存知の通り、日本では「運動会は秋」というのが当然のことですが、タイはこの時期は毎年変わらずやってくる雨季です。
 毎日、毎日が晴れ間もあるけれど曇ったり土砂降りが続いたり・・・という日々で、地面の状態も散々です。

 こんな時期なので、上の中高生の運動会も、2日目にして大雨に見舞われ、履いて行った運動靴が浸水。
中止になり、早く帰ってきて乾かしても、この天気で乾くはずもなく、翌日も濡れたままの運動靴を履いていくという有様。
何も、一年で一番天気の悪い時期に行わなくてもいいのに・・・と、毎回思う私です。


 そういうわけで、今週行われたミックの運動会も、初日から同じように曇よりした雲に覆われ、時々小雨がぱらつく・・という天気だったので、果たしてこれで決行するのか?と家でもたもたしているうちに、10時くらいになって晴れてきたので、それから重役出勤のように出掛けました。
 日本のように、「朝6時に合図の花火を上げる」などという気の利いた連絡方法が決まっているわけでもなく、まあ、家にいても仕方がないから、とりあえず学校に行こうという感じの村人が通う学校です。

 結局、小雨の中、「どうせそのうち晴れるだろう・・・」というタイ人らしい、楽観的な予測で、何となく運動会は始まっていたのでした。

 
 さて、この運動会に先駆け、学校から父兄の参観と肝心の「お菓子の寄付」を募るプリントが渡されます。
この「寄付されたお菓子」こそが、子供たちの活力源になるので、これを少しでも多くの父兄から寄付してもらうのが運動会を盛り上げる決め手になるのです。

 特に幼稚園組のミックたちは、運動場のテントの中のテーブルに積まれたお菓子の山に目を輝かせて狙っています。
しかし、これをもらえるのは、各種目に参加した子供たちが優先で、要はこのお菓子が参加賞として配られるのです。

 もう最初から、お菓子の山に目が釘付けのミックも、2日目に園児サッカーの選手として参加し、負けでしたが、スナック菓子を一袋もらって嬉しそうでした。
 最終日の3日目には、またもやサッカーの敗者復活で参加、それから20メートル走にも参加し、お菓子を2袋ゲット。
あの体型ながら、3位になれたので、御褒美の5バーツ硬貨が包装された銅メダルも手にしたのですが、中にお金が入っていることを知ると、すぐに速効で開けてしまい、そのお金を持って、運動会で来ている屋台に走り、すぐにお菓子を買ってしまったそうです。

 実は、この硬貨を包装して折り紙で包みリボンを付けた金・銀・銅メダルは、上の3人も毎年いくつも貰ってきたものですが、誰一人として、開けて使ってしまう・・という子はいませんでした。
中には、しばらくして、開けたものもありますが、そのほとんどは今も我が家の今に飾られています。

 ミックがこれを開けて使ってしまったときには、私は家に戻って仕事をしていたので後で聞いたのですが、このミックの現金さには、もう笑うしかありませんでした。

 ところで、何故「キラー・シィー」というかというと、学校全体で3~4色に分けて、運動会を行うからということ、つまり、「キラー=運動」「シィー=色」で、言ってみればそのままなのです。

 しかしその配色は、さすがタイ。
ミックの学校は今年は「水色」「紫色」「ピンク色」でした。上の子たちの学校も、水色」「黄色」「オレンジ色」「紫色」など。
 ちなみに、昨年まで毎年あった「赤色」が何故か今年は我が家の子供が通う小中高のどこにも使われないのは、やはり政治絡みのイメージで、使わないことになったのでしょうか?


                   パステルカラーがタイらしい  



 それから、今更もう見慣れた光景だったのですが、日本の運動会を思い出したら、これはタイらしいな・・と思ったのが、この白線引きのお兄さんたちです。
日本なら、赤い石灰入れに入れて、ころころ転がしながら線を引いたのを思い出しました。





 日本の運動会といえば、普通は走る、跳ぶなどの陸上競技が主ですが、タイの運動会はそのほとんどが球技です。
日本の運動会を陸上大会+その他というのか、タイの運動会を球技大会+その他というのか、それぞれメインが違います。
タイ語の「キラー」には、もちろん、広い意味での「運動」という意味がありますが、多くのタイ人が好むのは断然「球技」です。

 この小学校でも、サッカーがメインで、バスケット、バレーボール、卓球、ハンドボールとバスケットボールを混ぜたような、ゴールの子がカゴを持って、それにシュートするという球技もあります。
さらには、これは運動?と思うのが「ベートン」、ハンドボールより小さめの重い鉄の玉を投げ、当たったか、追い越したかなどで勝負が決まる、タイ人公務員の暇つぶしのような球技です。
 タイの伝統球技ということで、毎年行われています。

 それから、開会式での全員参加の準備体操が、タイの演歌・ルーク・トゥンに合わせた、ムエタイ技の振り付け。
これも、タイの伝統を大事にしていると言えるのでしょうか。
私には、単に、夜な夜な各地のムエタイ試合に現れる、ムエタイ観戦狂の芸術の先生の、個人的な趣味という気がしてなりませんが・・・。


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Posted by バットニャオ at 04:46Comments(6)TrackBack(0)タイの学校

2011年08月14日

ワン・メー(母の日)

 少し遅れましたが、8月12日は毎年恒例の「ワン・メー」(母の日)でした。

 主人が言うには、主人の世代では学校も、12日にワン・メーの行事を行ったそうですが、いまどきの学校では、その前日や前々日に行事を済ませてしまい、12日はきちんと休みを取るようです。

 そのため、我が家のミックの通う小学校&幼稚園も、11日に学校の「ワン・メー行事」を執り行いました。

 とは言え、何も特別なこともなく、朝、子供と学校へ行き、校長先生の話を聞いた後、招待されている僧侶とともに、念仏を唱え、その後、大きな輪になって、僧侶を囲み、僧侶が托鉢をしていく・・・というものです。
 その後、陛下に捧げるタイ舞踊の披露があり、それから学年ごとに舞台の上に上り、子供がお母さんや代理の伯母さん、お祖母さんなどにジャスミンの花を捧げ、抱擁しあう・・・という毎年恒例の行事です。

 ところが、今年の「母の日」は私にとって、かなりがっかり・・・の出来事でした。

 私は、長男、長女、次男をこの学校に入れて、もうこの「母の日」の行事は、8年も続けて出席していました。

 毎年、この日に舞台の上で、子供と抱擁するのを楽しみにしていて、それと同じく、その舞台に上がる前に、校長先生から発表される「最近の校外での学習競技会などの成績発表とその表彰」を密かに楽しみにしていました。

 この学校は、小さな村の学校ですが、先生方が子供たちをよく見て指導して下さるので、子供たちの意外な能力などが伸ばされたりします。

 我が家の子供たちも、長男は主に絵画の代表に、長女は最初はぱっとしなかったのですが、小4のときに英語を教えている先生から褒められたことがきっかけで、英語に対する興味が湧き、それ以後少しずつ自信が出てきたようで、他のいろいろなことにもその成果が現れてきました。そのお陰で、英語、仏法対話、作文などの代表にも選ばれるようになり、中でも英語は長女の得意科目になったくらいです。次男も算数の暗算や、仏法対話、英語などに何回も選ばれ、こういう行事のたびに、その表彰があり、子供の名前が呼ばれるのを誇らしく思ったものです。


 ところが・・・・。

 昨年、次男もこの小学校を卒業し、今年は幼稚園に通う末っ子・ミックのためだけの「母の日」でした。

 このところ、義姉とミックとの関係に悩まされている私は、その前日もミックは義姉に連れられてコラートへ出掛け、泊まって来て学校を休んでしまったので、「もう、ミックの学校の「母の日」も義姉が行けば?」と半分嫌になっていたのです。

 学校へ着いて、毎年の如く行事が進んで行ったのですが、校長先生が話をしている最中に、何とミックは前後にいた友達とふざけ始め、「格闘ごっこ」を始めてしまったのです。
 
 確かに、まだ幼稚園児なので、こんなことも「やんちゃ坊主」のうちに入るとは思うのですが、今まで、上の三人がこんな「すべきでないこと」で目立ったことはなかったので、もう私は目を吊り上げて、鬼のような形相で、ミックを連れ出しに行き、自分のところへ連れて来て、小声で「静かに先生の話を聴きなさい、何やってるの!」と怒りました。

 それでも、「あ~あ、怒られちゃった・・。」と少しバツの悪そうな顔で、戻って行くと、また一分も立たぬうちに、どちらともなく手や足が出て、また格闘が始まりました。先生も制してはくれるのですが、面白いらしく、止めても止めてもまたすぐに・・の繰り返しです。

 私は、もう例年のように、舞台の上の踊りを見る余裕もなく、ミックとその友達の動きをジッと見つめていました。
そして、私の言うことを聞かないのは、やはり私が「一番大事な母親」という感覚がないからだ、ミックは義姉や他のたくさんの愛情を受けていて、上の三人のように、私が「誰よりも自分を愛している人」だという確信みたいなものが欠けているに違いない・・・。
 やはり、ミックとの関係が他の子供たちのように行かないのは、タイで生まれ、タイ式育児で育ったからなのだ・・・などと、ぼんやりといろいろなことを考え、年中無休の商売をしていなければ・・・、隣に義姉が引っ越して来なければ・・・・、タイに来ていなければ・・・・などともう、考えても仕方がないことを、過去を後悔するように、そういう考えが頭の中をグルグル回っていました。

 と、そんなこんなで、先生の話や表彰式などが一通り終わると、最初はするつもりで用意して行った、僧侶への托鉢もせず、その後にある、この行事の最大のイベント、私が毎年楽しみにしている「舞台に上がっての母子の抱擁」を待たずに帰宅してしまいました。 


 家に帰ってこのことを、主人に話したら、ミックの行動には仕様がないな・・と言ってはいたものの、私の気持ちには「お前は考え過ぎだよ。」という反応だったので、話はそこで止め、夕方帰宅した子供たちに話を聞いてもらい、少し落ち着きました。
こういうとき、特に長男はいい聞き役になってくれるので、長男と話すと落ち着くのです。
 長女も、やはり静かに聞いていてくれましたが、長女が言うには、「仕方ないよ、ミックはタイ人なんだから。タイで生まれてタイで育って・・・。」と慰めてくれました。

 夜になってお風呂に入ろうとしたところ、私のタンスの引き出しに長女の「母の日のカード」が入っていました。
 長女は、やはり女の子。普段は口が達者で、家族の誰にも負けないほどですが、毎年、誕生日やこういう行事に付けて、カードをくれる心遣いがあります。


                  長女の「母の日」のカード


 この先、ミックがどう育って行くのか、私がどれだけ心を砕いてもその影響は限られているので、心配するしかないのですが、出来る限り、一緒にいる時間を増やしたい・・と思った、今年の「母の日」でした。


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Posted by バットニャオ at 03:38Comments(6)TrackBack(0)タイでの子育て

2011年08月06日

ポム・カン(痒い髪の毛)

 よく、昼下りの暇つぶしなどで、家の軒先などに腰掛け、『サルの蚤取り』の如く、相手の頭に手を掛け、何かを真剣に探しているような親子や夫婦の様子を見たことがないだろうか?

 タイ人は、こうやって時間つぶしに白髪を探したり、しらみを探したりするのが好きである。
そしてその中には、この『ポム・カン(痒い髪の毛)』探しもある。


 ポム・カンというのは、普通は直毛の髪の中に、たまに混じって生えている、凸凹したり、縮れ毛のようになっている髪の異端児である。

 私は、日本に居たころは、単に変な毛が混じって生えている・・くらいにしか思わず、気にもしなかったのだが、タイに来て何年目かに、これが噂の『ポム・カン』だということを、長兄のお嫁さんから教えてもらった。

 ポム・カンの正体とは・・・・。

この髪の毛が生えているところは、何故かすごく痒くなる・・・。
そして、これを抜くことで、痒みが消え、すっきりする・・ということである。

 このことは、私が知った時点より前に、すでにうちの子供たちは知っていて、さすが、タイの地元の学校で生活しているだけのことはある・・と感心したものだった。


 さて、そのポム・カンがどうしたのか?というと・・・・。


 最近、ストレス解消のため、長かった髪の毛をバッサリ切った私だが、このショートヘアにした頭のところどころにピョンピョン・・と撥ねだしている、他の髪の毛に逆らった髪の毛が気になりだした。
 
 以前、長かったときには、まとめてしまうので、それほど気にもならなかったのである。
一本抜いてみると、その痛みが気持ちいい。・・・よく見ると、やたらに線が太くてうねっている。

 「ああ、これがポム・カンだな。」

と鏡をよく見ると、あちこちから同じような毛が飛び出している。
そして、抜いた瞬間が「快感・・・・」である。

 このところ、農閑期で店の客入りもまばら・・・一日中暇なのも手伝って、このポム・カン探しに夢中になった・・・。



 そして、3,4日経ったある朝・・・・。
 
 開店準備で店の前のシャッターを開けようと、屈んだところを、いつもは私より背が低い次男が私の頭の上から覗きこんで言った。

 「メー、何か、メーの頭の頂上、髪が薄くなってるよ!」

 「・・・・?本当?」

 言われて、滅多に見ない鏡を覗いてみると、確かに、真ん中分けの頂上付近が心なしか薄くなっている。

急いで、家の中に戻り、主人や、長女に見せたところ、やはり・・・。

 「うん、どうしたんだ?禿げてるよ。」と主人。

 「禿げてるまでは行かないけど、薄くなってる、確かに・・・。」と長女。

 私は「あ、そうだ!昨日まで一日百本くらいポム・カンを抜いていたんだ・・。」と思い出した。


 「お前、小さいことでもすぐに考えるから、ストレスで禿げたんだろう。」と言う主人。

 いや、単に暇つぶしだったんだけど・・・。
でも、それを快感と感じて止められないのは、確かにストレス溜まってるからなのかも・・・。


 「でも、メーは、髪の毛がやたら多いから、大丈夫だよ。他の部分も均等に抜いて見れば?」
と冷静な長女。

 その二日後くらいには、薄くなった頭の頂上から、いがぐり頭のような毛先が生えてきて、触るとチクチクしていた。
普通に髪の毛が生えている部分は、触ってもこの生え始めの毛先が分からないので、やはりこの部分がすっかり薄くなってしまっている証拠だろう。

 私は、何となく、分け目を変えて、髪を横分けにしていた。
よく漫画に出てくるような、額が後退して、横の髪で額部分を覆っている、「バーコードヘア」などと言われる中年男性の気持ちが分かった気がした。
 
 ここしばらくは、この髪型が続きそうである・・・・。



             (フラッシュ使用のため、余計に薄く見えます・・)


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Posted by バットニャオ at 02:51Comments(8)TrackBack(0)普段着のタイ語

2011年07月31日

長女の宿題=父親の宿題?

 何度かこのブログにも取り上げているが、タイの学校の宿題は、日本人の常識では「???」というようなものがかなりある。

 まず、幼稚園時代から高校になっても続く、何かと言うと「~してから、そこに色を塗りなさい。」という塗り絵付きの宿題。
別にカラーテレビではないのだから、無理に色を塗らなくても、白黒のままでもいいと思うのだが、こういうところから、タイ人の色彩感覚が育っていくのだろうか?

 それから、年中行事の度に描かされる「グリーティングカード作成」。
「年末年始」「バレンタイン」「ソンクラーン」母の日」「先生の日」「子供の日」「父の日」・・・・。
何かのイベントの度に、「カード、カード・・・」と必死で仕上げて行かなければならない。

 そういうわけで、タイの学校生活に、色鉛筆、クレヨン、絵の具等は必要不可欠である。

 ところで、長女が通っている中学は、「先生は、いったい何を考えているのか?」 と疑問になるほど、無茶苦茶な宿題が多い。
 まず、長女が中1のときの「技術・家庭科」の宿題では、「竹を細く切って棒を作り、それを材料にして家の模型を作成する・・」というもの。

 大体、中国の山中ではないのだから、この辺で竹を探す事自体大変なのに、それを斧で切ってきて、細く裂いて、それから肝心の家の模型の作成となる。
これが、中学1年生の女の子に出来るものか?どう考えても、誰か、大人の男性に手伝って貰わなければ、出来るはずがない・・・と思うのは私だけではないはずだ。
 まあ、百歩譲ってクラスの中に、子供の頃から巻き割りをしていたというような自立した、しかも手先も異常に器用な女の子がいたとしても、まず一人いればいいほうだろう。
 

 いったい、この技術科の先生は、なぜこんな無茶苦茶な宿題を出すのか?
しかも、この家の模型だけではない、この手の宿題が学期ごとに毎回出るらしい。

 中学1年の後期は、ベッドサイドに置くようなライトを、身の回りの材料で作るという宿題だったが、これも電球を買って、その配線をして・・とやはり何もやったことがない女の子に出来るものか?いや、中学生の男の子だって、簡単に出来るものではないだろう・・と思った。


 中学2年では、「角材を使った低めの作業椅子」の作成。
こうなると、もう「だ~か~ら~・・・。」と先生の顔を見たくなった。

 その辺の中学生の女の子がいきなり、4センチ角くらいの材木をのこぎりで切って、4つの足を同じ長さに切りそろえ、その上あわせて板を切り、それらを組み立てて、きちんと座れる椅子を作る・・・。
思わず、「出来るか!そんなの!」と言いたくなった。

 タイに来て、いろいろな作業を覚えた私にだって、そう簡単に出来るとは思えない。
それを、普段釘一つ持ったことがないような中学生の長女にやれと言うのだから、無理なことである。

 
 それでも、宿題は宿題。
提出しなければ、減点の対象になるだけである。点数が足りなければ、落第である。

 そこで、登場するのが我が家の大黒柱。
普段は文句ばかり言ううるさい父親でも、こういうときには、娘にとって、まさに救世主である。
数学などの学科の宿題は、私の担当だが、こういう実技科目は主人の出番である。

 娘はあくまで監督で、実際の製作は全て父親の担当という、「父親の宿題」が完成するのである。
よく、作りながら、主人も、「これじゃ、まるで『ポーの宿題』だな。」と冗談を言う。


 そして、中3になった今年・・・。
またしても、「無理な」技術科の宿題が出た。



 


 今年は、何と半田ゴテ(・・というのだろうか?日本語に自信なし・・)。
ノートに書き写された、先生からの指令で、「板に釘を4本打ちつけ、それを使って、銅線同士を巻きつけながら、網目を作成し、その接点の全てに半田ゴテで、溶接して行く。」

 という、素人が読んでもわからないような説明が書き写されて来て、今回は読むのが苦手な主人が、「電気の専門家の「隣の伯父さん」(義兄)に聞いて来い。」と言い出し、その網目の作成は義兄、それからその義兄の半田ゴテを借りてきて、主人が溶接して完成した。
娘はいつも通り、その横で声援を送る・・監督である。


 今回も何とか完成して、無事に提出できたが、作成しているときに、見ていた私はふと思った。

 こんな道具、誰でも持っているわけはない。
そういう特殊な道具を使う宿題を出すのは、先生にはやはり子供たちが出来るという期待は全くないのではないか?

 私が主人に、「普通、こんなの持ってないでしょ?もし、隣の義兄がいなかったら、宿題どうやってやるの? 実際、持ってない子はどうするんだろう?」 と言ったら、主人は、「どっかのチャン(職人)に持って行って、お金払ってやってもらうんだよ。」と言う。

 私は、またもや、「だ~か~ら~!!」と言いたくなった。

 いったい、何のための宿題なんだろう?子供に出来ないことがわかっているような宿題とは・・・。

 先生は、もう少し頭を使って、子供のためになるような宿題を考えて欲しいものである。
 





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タグ :宿題父親

Posted by バットニャオ at 02:57Comments(9)TrackBack(0)タイの学校