2010年03月28日
タイ人の性格『マック・ガーイ(มักง่าย=いい加減な)』
あれは、まだこの家に越してきて半年くらいの頃だったろうか・・・。
その頃は、まだ私の心もそれほど擦れていなかったので、適当にご近所付き合いの井戸端会議などにも参加したこともあった。
その頃、ちょうどこの近所の建物の一軒に住んで、ソムタムやカキ氷を売っていた女性と、やはり隣の建物の一軒に住んでいた女性がちょうど年齢的にも近かったので、二人の話に便乗することが多かった。
二人は、私が日本人なので、話のネタによく、
「日本とタイはどっちが住みやすい?」とか
「タイと日本ではどう違う?」などと、
タイ人がよくする、ごくありふれた質問を投げかけてきたのだが、そのとき私がどう答えたかはもう定かではないが、一つだけ記憶に残っている言葉がある。
それは、「マック・ガーイ 」(มักง่าย=いい加減な)。
辞書では、「軽はずみの・軽率な・無思慮の・不注意な・無分別な・・」などとなっているが、私は「いい加減な」という表現が一番会うと思っている。
確か、話がどう転んだかは覚えていないが、話の成り行きで、タイの良くない所として、私が、
「タイ人はごみ箱にゴミを捨てない。どこでもポイポイ捨てる。しかも小さい子供なら分かるけど、やっているのはほとんど大人だ。タイ人は『ゴミはごみ箱に』と教えないのか?」
と言ったのだった。
すると、聞いていた二人が、タイ式のマナーとでも言おうか、内心はどう思っているか知らないが、その場は私に合わせて、
「そうそう!タイ人は『マック・ガーイ』だから!ごみ箱があるのに、そこまで行くのが面倒なのよね。それに、車の上で食べたゴミなんかも、窓の外に「ポイッ!」ってしちゃうのよね。本当に、マック・ガーイだから、タイ人は!」
と、さっきまで、食べ終わった果物の入っていたビニール袋をすぐ下の地面に捨てていた二人が、まるで、自分たちはタイ人ではないかのような言い方で、タイ人のマナーを批判していた。
私は、そのとき初めて、『マック・ガーイ』という言い方を覚えたのだが、それ以来、『タイ人=マック・ガーイ』という方式が私の頭の中に植えつけられてしまった。
でも、これが、私がタイ人の性格を理解する上での『カギ』にでもなったように、以後のタイ人の性格に対する拒否反応のようなものがすっかり無くなったのである。
そう、「タイ人はマック・ガーイだから仕方ない」のだ。
ゴミをポイ捨てするのも仕方ない。
列に割り込みするのも仕方ない。
平気で夜中に雄叫びを上げるのも仕方ない。
交通規則なんか無視するのも仕方ない。
裏金でいくらでも人が動く、裏口入学、裏口入社、裏口昇進何でも有りなのも仕方ない。
人に借金をしても返すどころか逆ギレするのも仕方ない・・・・。
本当に全てのタイの事象は、「マック・ガーイ」で済んでしまうのである。
よく、タイ人の性格の理解に苦しむという話を聞くが、『タイ人=マック・ガーイ』と悟ってしまえば、よくガイドブックに紹介されているような、「タイ人は『サバーイ・サバーイ』を好む」とか言われる、タイ人理解の一般論がスッと頭の中に入ってくる。
今の若者はそうでもないかも知れないが、一昔前の日本人が好んだ 「忍耐」とか、「試練」とか、「苦行」「我慢」「練磨」「修行」・・・などその他たくさんの、日本式の「難行こそ美徳」という考えは、タイ人にとっては、「何のためにそんな『トラマーン』(ทรมาน=苦行)をするのか?」と、全く相容れない。
この辺りが、タイ人と日本人の考え方のギャップを生む理由で、タイに馴染んだ日本人と言うのは、この「苦」から「楽」への価値観の転換を済ませた人なのだと思う。
そういう私もかなり、そうなっているので、もう日本では生活できないような気がする。
最初は大嫌いだったこのタイ人の性格が、いつの間にか身についてしまっているような気がする今日この頃である。

学校の壁には堂々と書かれている「礼儀」「清潔」の文字。
タイ田舎生活の日常を描いた、姉妹ブログ『イサーンに埋没中』も併せてお楽しみください。
より深い日常タイ語への理解のために・・・ランキングに参加しています。

その頃は、まだ私の心もそれほど擦れていなかったので、適当にご近所付き合いの井戸端会議などにも参加したこともあった。
その頃、ちょうどこの近所の建物の一軒に住んで、ソムタムやカキ氷を売っていた女性と、やはり隣の建物の一軒に住んでいた女性がちょうど年齢的にも近かったので、二人の話に便乗することが多かった。
二人は、私が日本人なので、話のネタによく、
「日本とタイはどっちが住みやすい?」とか
「タイと日本ではどう違う?」などと、
タイ人がよくする、ごくありふれた質問を投げかけてきたのだが、そのとき私がどう答えたかはもう定かではないが、一つだけ記憶に残っている言葉がある。
それは、「マック・ガーイ 」(มักง่าย=いい加減な)。
辞書では、「軽はずみの・軽率な・無思慮の・不注意な・無分別な・・」などとなっているが、私は「いい加減な」という表現が一番会うと思っている。
確か、話がどう転んだかは覚えていないが、話の成り行きで、タイの良くない所として、私が、
「タイ人はごみ箱にゴミを捨てない。どこでもポイポイ捨てる。しかも小さい子供なら分かるけど、やっているのはほとんど大人だ。タイ人は『ゴミはごみ箱に』と教えないのか?」
と言ったのだった。
すると、聞いていた二人が、タイ式のマナーとでも言おうか、内心はどう思っているか知らないが、その場は私に合わせて、
「そうそう!タイ人は『マック・ガーイ』だから!ごみ箱があるのに、そこまで行くのが面倒なのよね。それに、車の上で食べたゴミなんかも、窓の外に「ポイッ!」ってしちゃうのよね。本当に、マック・ガーイだから、タイ人は!」
と、さっきまで、食べ終わった果物の入っていたビニール袋をすぐ下の地面に捨てていた二人が、まるで、自分たちはタイ人ではないかのような言い方で、タイ人のマナーを批判していた。
私は、そのとき初めて、『マック・ガーイ』という言い方を覚えたのだが、それ以来、『タイ人=マック・ガーイ』という方式が私の頭の中に植えつけられてしまった。
でも、これが、私がタイ人の性格を理解する上での『カギ』にでもなったように、以後のタイ人の性格に対する拒否反応のようなものがすっかり無くなったのである。
そう、「タイ人はマック・ガーイだから仕方ない」のだ。
ゴミをポイ捨てするのも仕方ない。
列に割り込みするのも仕方ない。
平気で夜中に雄叫びを上げるのも仕方ない。
交通規則なんか無視するのも仕方ない。
裏金でいくらでも人が動く、裏口入学、裏口入社、裏口昇進何でも有りなのも仕方ない。
人に借金をしても返すどころか逆ギレするのも仕方ない・・・・。
本当に全てのタイの事象は、「マック・ガーイ」で済んでしまうのである。
よく、タイ人の性格の理解に苦しむという話を聞くが、『タイ人=マック・ガーイ』と悟ってしまえば、よくガイドブックに紹介されているような、「タイ人は『サバーイ・サバーイ』を好む」とか言われる、タイ人理解の一般論がスッと頭の中に入ってくる。
今の若者はそうでもないかも知れないが、一昔前の日本人が好んだ 「忍耐」とか、「試練」とか、「苦行」「我慢」「練磨」「修行」・・・などその他たくさんの、日本式の「難行こそ美徳」という考えは、タイ人にとっては、「何のためにそんな『トラマーン』(ทรมาน=苦行)をするのか?」と、全く相容れない。
この辺りが、タイ人と日本人の考え方のギャップを生む理由で、タイに馴染んだ日本人と言うのは、この「苦」から「楽」への価値観の転換を済ませた人なのだと思う。
そういう私もかなり、そうなっているので、もう日本では生活できないような気がする。
最初は大嫌いだったこのタイ人の性格が、いつの間にか身についてしまっているような気がする今日この頃である。
学校の壁には堂々と書かれている「礼儀」「清潔」の文字。
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2010年03月13日
カイ・モットデーン(ไข่มดแดง=赤アリの卵)
「ไข่มดแดง ไข่มดแดง・・・」(カイ・モットデーン カイ・モットデーン・・・)と歌いながら、もうすぐ4歳になるミックが歩いてくる。
養母ともいえる義姉の影響で、物心つかぬ頃からルークトゥン(タイの演歌)に慣れ親しんでいるミックは、昨年流行った「ジャンシーマントントーン・・・」から変わって、最近のマイブームがこの「カイ・モットデーン」なのである。
実のところ、この「カイ・モットデーン」の曲は、以前から歌われている曲で、目新しくはないのだが、ミックはつい最近聞き始めてすっかり気に入ってしまったようである。
歌詞は、カイ・モットデーンの捕獲方法などが歌われているのだが、何が面白いのか、一人で 「カイ・モットデーン~~」と歌いながら歩き回っている。
そんなわけで、いつも私の手洗い場の近くに生息する、モットデーンとカイ・モットデーンの生態を撮影してみた。
タイではよく見かける、大型の赤アリ=モットデーン。
咬まれると結構痛い・・・・・。
ペットボトルを切って水呑場を作っておくと、モットデーンがその木に巣作りを励む。
ここから水を吸収して身体の中に貯め、巣に運ぶ。水は、言うなれば「カイ・モットデーン」の栄養源。
これがモットデーンの巣。我が家の場合は、主に「トン・クーン(ゴールデン・シャワーの木)」に巣を作っているが、近くにある「トン・ヨー(ノニの木)」は一枚一枚の葉が大きいため、より巨大な巣を作っている。
二つの人だかりならぬアリだかりの真ん中にある白い物体が孵化しかけたカイ・モットデーン。
とある夕暮れ時の大引越しに、嵐でも来る前ぶれか?と直感した私だったが、結局、小雨一つ降らない旱魃のイサーン。
こうして、ミックの歌う「カイ・モットデーン」の歌詞の如く、赤アリの巣を突いて収穫された「カイ・モットデーン」。
翌日の朝食は、お決まりの「カイ・モットデーン入り卵焼き」になったのであった。
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2010年03月04日
コーハイ・ルワイルワイ・・・
イタズラ好きなクマーンの影響か?
このところ、と言っても先々月くらいなのだが、俄かに店が忙しくなり、気がついたら売り上げもだいぶ伸びていた・・・。
以前は、よく売れた日で、一日に2万バーツくらい、農閑期のカオパンサーなどだと、暇な日は一日営業していても2~3千バーツ程度しか売り上げが伸びない日もあり、そういう過去と比べたら、ここ最近の店の売り上げは奇跡と言うより、異常事態としか言いようがない・・・。
それでも、売り上げが伸びるのはいいことに他ならないので、ただ単に忙しい店の状況を喜んでいた。
ところが、今日、ふと車に乗っていて気がついたことがあった。
それは、末っ子のミックの最近の変わった言動である。
この4月で4歳になるミックは、普段大人とばかりいるので、何しろ言葉の発達が早い。
普段は、店に来て商品を待つ客やバンコクからのセールスマンなどと、大人顔負けの問答を繰り返し、大人を黙らせてしまうことも多い。
このミックの言葉の早さは、普段店で忙しい母に代わって、実母よりも一緒にいる時間が長い隣の義姉の影響もある。
普段、朝、午後とお寺へ通う義姉は、まだお座りが出来る以前からミックを連れて参拝するのが日課で、お寺は第二の我が家のようなところらしい。
お寺の大僧侶さまにも、本当の孫のように可愛がられて、「お寺に来て僧侶になれば、ミックにお寺を敷地ごと譲ろう」と言われているという。
そうした毎日から、義姉の言うことをよく聞いて(聞かないとマヨムの鞭が待っている・・・)、義姉からいろんな言葉を仕入れてくるのだった・・・・。
そして、最近、よく行っているのが、いつも次男の小学校に送っていく道中にある祠の前を通るとき、我々が車のクラクションを鳴らし「行ってきま~す!」(と無事を祈ったり)や「無事に帰ってきました~!」の挨拶をするのと一緒に、ミックは合掌して、
「コーハイ・ルワイルワイ!(ขอให้รวยรวย)」(金持ちになりますように!)
と、大声で熱心にお願いするのが最近の日常になっていた。
そう、この「コーハイ・ルワイルワイ!(ขอให้รวยรวย)」(金持ちになりますように!)は、他ならぬ「財布の紐が堅い」といえば聞こえがいいが、平たく言えば人一倍「ケチ」でお金に固執する義姉の口癖を、ミックが真似したものだった。
前置きがだいぶ長くなったが・・・・。
そう、私が気がついたことと言うのが、このミックの「コーハイ・ルワイルワイ!(ขอให้รวยรวย)」(金持ちになりますように!)が、我が家の好景気の原因ではないかと思ったのである。
確かに、今の時期は商品が売れ出す時期ではあるが、例年に比べると、「異常事態」と呼べるくらいあまりにも違いすぎる。
そして、約4年前・・・・。
このミックが誕生した2549年4月1日は、病院にいる私に代わって主人が一人で売った売り上げが、開店して以来初めて、5万バーツの大台に乗った。
その当時は、最初で最後だったのだから、主人も私も単にまぐれだと思っていたが、今から思えば、これがミックの誕生祝だったのかも知れない・・・。
そう考えて、背筋に寒気が走った。
以前も、お寺や霊能力者や易者が好きな義姉はどこかのお寺に行くたびに僧侶にみてもらったり、向こうから近寄ってきて、教えてくれるなどと言うことがよくあったらしいが、いつも、ミックには「高い身分の仏様の生まれ変わり」だとか、「特別な能力がある」とか言われていたが、私自身は無宗教のようなものなので、適当に話を聞いていた
しかし、先日も、また、どこかのお寺の高僧に、「この子の中にはクマーン(男児の精霊)がいる」と言われたとかで、このときは思わず、納得してしまったのだった。
クマーンは普通、霊能者などに仕えていると言うイタズラ好きな子供の精霊だが、このミックの話を聞いたときに、日本の民話に出てくる座敷童子を思い出した。
家に住み着いて、その家に幸せを招く福の神の姿である。
座敷童子の住んでいる間はその家は栄える、でも、座敷童子は気まぐれで不意にどこかへいなくなってしまう・・・・。
そう、ミックもしばらくしたら、この「コーハイ・ルワイルワイ!(ขอให้รวยรวย)」(金持ちになりますように!)に飽きて、お祈りをしなくなってしまうかも知れない。
そうだ!今がチャンス!稼げるうちに稼いで、早く銀行のローンを返して置かなくては・・・・。
こういう事に何の疑問を持たずに納得してしまうようになるのが、タイ化現象の一つかも知れない。
クマーンも照れます。
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