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ブログポータルサイト「ナムジャイ.CC」 › 子供に学ぶタイ語 › 2010年08月

2010年08月29日

前歯のなくなった少年。

 先日24日に、日本で生活している主人の幼馴染が、久しぶりに日本から帰国した。
こういうときは、決まってうちの主人が夜通しの飲み会に行くことになっている。

 いつもなら、その幼馴染の配偶者である、日本人女性が来て、私も子供を連れてつかの間の交友を深めたりするのだが、今回は事情があって、ダンナさまである、主人の友人だけの来タイだったので、私たちは遠慮して家で過ごしていた。


 翌朝、帰って来た主人は、相変わらず、久しぶりの再会がよほど嬉しかったのか、調子に乗って飲みすぎてしまったらしく、朝帰りの車から降りて、「気持ち悪~~い」と顔色が冴えなかった・・。


 ところが、帰宅してから話を聞くと、その晩は肝心の帰国したばかりの友人は、用事でチェンマイに行くので深酒出来ず、挨拶もそこそこに・・・、同じくその友人に会いに来ていた、別の友人を誘って飲んできたらしい。

 そこで昨夜、その友人から聞いた話をした。

 その内容は・・・。
 
 実は、先日、義母の自宅の村で、17人の少年たちが、一人の少女を暴行・レイプしたという事件があったそうで、この事件はテレビのニュースでも放送されたらしく、主人は知っていたらしいが、私はニュースもドラマも観ないので知らなかった・・。  

 すると、昨夜一緒に飲んでいたときに、その友人が、

「あの事件、オレの息子も一緒に加わっていたんだ。」
とこともなげに、言いだしたという。


 その友人というのは、主人同様、高校卒業後日本に出稼ぎに行ったうちの一人で、向こうで同じ出稼ぎのために来た、数歳年上の歌舞伎町で夜の仕事をしていた女性と内縁の仲になっていて、その間に長男が出来た。

 でも、女性の職業柄、父親の確定は出来なかったのだが、その友人がタイ人によくあるパターンで面倒を見ていた。
実際は、その子供の父親は日本人だという話だったが、その友人が不法滞在で捕まった後に、その母親である女性が面倒を見るか心配なので、子供をタイに引き取りたいという話になり、私も新大久保だったかの支援団体の事務所に何度か足を運び、戸籍どころか、出生届けも出していなかった、その子供をどうやってタイに連れて行くか・・・という大問題に足を突っ込んだことがあった。

 その後、大勢の人たちの努力で、何とかタイの父親ということになっているその友人の実家に引き取られ、今日まで大きくなった。
小学校入学時には、出生証明書がない、国籍の証明が出来ない・・と様々な問題が起きた。それでも、その友人の家族の努力や、学校の先生などの協力で、何とか小学校は卒業したらしい。

 その彼が、今回の事件に加わっていたということに、私は少し動揺した。

 しかも、そういう重大な話を、酒の席で酒の肴に話してしまうその友人に、正直、呆れた。

 確かに、その子供の母親である女性と激しい喧嘩の末別れた友人は、その後も再婚・離婚・また再婚を繰り返しており、その度、新しい子供が出来るので、その子供は実質的には友人の母が面倒を見て、友人の事は「兄」と呼べなどと教えられていたらしい。

 そんな環境が、その子供の今回の事件を引き起こしたのかはわからないが、数年前に会ったときのその子供の前歯を見れば、その子がどれくらい放って置かれているかが見て取れた。
前回の記事にも書いたように、日常生活の世話を焼く大人のいない子供の歯は永久歯に生えかわる前に、すでにボロボロで、前歯はまず見あたらなくなっているのが普通である。

 しかし、それがその子の運命なので、同情したからと言って、必要以上に援助する大人もいない。 
周囲のみんなは無関心ではないが、深入りもしない。
遠巻きに状況を見ていて、何か気がつけば、出来る範囲で援助する程度・・。
気がつかなければ、そのまま素通りする。

 これが、タイ人のナムジャイというものである。

 それにしても、この少年が、昨年大ブレイクした、「ケイゴ君」のように、本当の父親を探しに行かなくて、助かった日本人もいるのだなぁ・・・・と思ったりもした。



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Posted by バットニャオ at 01:47Comments(5)TrackBack(0)タイの社会

2010年08月22日

「ฟันน้ำนม」(乳歯) と 「ฟันหลอ」(歯欠け)

 タイ生まれタイ育ち、チャキチャキのタイっ子のミックが虫歯になった・・・・。

 タイでも、一応、二ヶ月検診とか、4ヶ月検診とかから始まって、地元の病院で乳児検診を受けることになっている。
その6ヶ月検診辺りから、ฟันน้ำนม=乳歯の検診も加わり、歯科担当の保健師さんが、歯磨きの指導をしてくれる。

 私は、すでに3人の子を育ててきたので、今更・・という感じもあったが、黙って聞いていた。

 しかし、いくら3人の子育てを経験したと言っても、このタイ産の末っ子・ミックに関しては、正直全く自信が持てなかった・・・。

 上の3人は、みんな乳児期は日本で暮らしていたので、日本式の孤独な育児だったが、その分責任感もあって、
「私がやらなくちゃ!」と、虫歯にならないように、それなりに頑張って育ててきた。
 それでも、子供の手も、母の手も完璧ではないので、3人とも小学校入学前に、多かれ少なかれ、歯医者の洗礼は経験していた。

 しかし、このミックに関しては、日本時代の子育ては通用しなかった。

 第一に、私が育児に専念する時間がない。
朝の6時過ぎから、夜の8時近くまで営業している店の仕事で精一杯で、生きていくために最小限の家事(炊事・洗濯程度・・・掃除は毎日やらなくても死なないので・・。)をするくらいで、ミックの世話をする時間もないような日々・・・。
 それに加えて、ここがタイ式なのだが、近所に住むようになった義姉(主人の姉)が、病院から退院した生後4日くらいから、朝一番から乗り込んで来て、朝の沐浴だと言って、生後数日のミックを丸裸にし、外に連れ出す日々・・・。
それが終われば、私が授乳を済ませると、またやってきて、もう寝かせるという、私はおっぱいを飲ませるだけの母でしかない、そんな毎日が続いた。


 これは、タイ育児の良い点でもあるのだが、赤ちゃんを見ると、周囲の人間が放って置かない。
日本人の私にはうるさいくらいに、まとわり着いてくる。
みんな、子供が大好きだし、子供はみんなで育てる・・・という暗黙の了解がある。

 しかし、今回のミックの虫歯に関しては、これがネックとなったのは事実である。

 みんな、本当に好意で子供の面倒を見てくれる。
しかし、やはり本当の親が見るべき、細かな部分まで見るわけではない・・というか、誰が責任を持つのか、その責任の所在がどこへ行ったか分からなくなってしまうのである。

 本来なら、子育ての手伝いはしてもらっても、こういう肝心な部分は実の母である私が責任を持つべきなのは分かっている。
しかし、肝心の子供は、誰か(義姉や隣の家の奥さん、その姑さんなど・・)に連れて行かれて、夜になっても帰って来なかったりする。
すでにおっぱいを必要としなくなった時点で、幼児時代から、外泊の嵐なのである。

「ねえ、ミックどこにいるの?」
「・・・お姉さんのとこじゃない?」
「ふ~ん。今夜帰ってくるの?」
「・・ん、わかんない・・・・。」

こんな会話が日常茶飯事である。

 そして、外泊時は、大抵歯磨きしていなかった・・・ということになっていて、結局、今のミックの虫歯問題が発生したのである。

 歯医者に行けば、「お母さんが、ちゃんと歯磨きしてあげないとダメですよ!」
などと歯医者さんに注意されてしまうのだが、私はここで、

「だって、みんな子供をどこかに連れて行ってしまうから!」とか、
「店の仕事、もっとダンナが協力してくれたら、子供と接する時間が出来るのに!」

という不満をぶつけたいのをグッとこらえて、「はいはい・・・」と黙って聞いている。


 タイ式育児と我が家の仕事のせいで、こうなってしまったのだと思うのは、上の三人のときと、この環境が全く違っているからである。
 日本では、子供を預けて昼間は仕事をしていても、仕事が終われば子育ての時間があった。
自分の時間がないのは、子供が出来て以来、今も昔も同じだが、今は子供と向き合う時間すらもほとんどない。
 自営業で、自分の時間が取れると思うのは全くの誤算だった・・・と今は思う。

 
 何はともあれ、肝心のミックの虫歯の治療に行くのが最優先なのだが、すでに3本の虫歯治療を経験したミックは、
歯医者は、「オートバイの音(キ~~ンという機械音)がするから、痛い、行かない!」と断固拒否してしまっている。

 
 しかし、幼稚園に通うようになって、クラスの半分くらいの子が、「ฟันหลอ」(歯欠け)だという事実に気がついた。

上には上がいるものだ。

 あれだけ、検診時にうるさくいわれても、全く聞く耳持たない保護者がいるのである。
 
 その顔ぶれを見て気がついたのだが、その前歯は欠けた子供たちのほとんどは、お祖母ちゃんや、伯母さんが面倒を見ている子供たちらしい。

 やはり、こういう子供たちは周囲が協力して世話をする、村社会の子育てで育っている。

 我が家のミック以上に、子育ての責任の所在がはっきりしないのである。

 だから、誰も子供の歯磨きにまで目が届かないし、子供が欲しがるし、あげないとうるさいので、お菓子を与え、その結果、一日中、飴を舐めている子供や、コーラなどの炭酸飲料で歯が溶けてしまっている子供が多い。

 みんな、お歯黒美人を思わせるように、上の前歯がきれいになくなっている。
これで、永久歯が生えるまで食事をするのだから、不思議なものである。
 噛み切ったりするのに、前歯無しでは不便ではないのだろうか・・・と他人事ながら心配してしまう。
 

 こういう前歯の欠けた子供たちを、大人がからかって、
ฟันหลอ (歯欠け)と呼ぶ。

 我が家のミックも前歯の間に少し虫歯が出来て、虫食い跡のように欠けているので、やはり「ฟันหลอ」(歯欠け)と呼ばれている。




           「ฟันหลอ」と呼ばないで!  

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Posted by バットニャオ at 01:10Comments(4)TrackBack(0)タイでの子育て

2010年08月12日

今日は「ワン・メー・ヘン・チャート」

 毎年のことながら、本日8月12日はタイ国内の重要な年中行事である 「ワン・メー・ヘン・チャート」です。

 「ワン・メー」はその名の通り 「母の日」ですが、この日が「母の日」になっているのは、現・王妃の誕生日だからなので、普遍的なものではありません。(不敬罪に当たりそうなので、大きな声では言えませんが、数十年後には別の日になっていることも考えられます。)

 タイの「母の日」は、王妃の誕生日なので、国内の祝典行事でまず、国王・王妃賛歌が歌われますが、基本的にはそれぞれ自分の「母」を敬い感謝する日です。

 しかし、12月5日の 「ワン・ポー・ヘン・チャート」は国王の誕生日ですが、こちらは、もう100%国王のみを敬い崇める日で、一般の「父」に対する感謝は、微塵もありません

 毎年、この違いは何だろう・・・?と思うのですが、これは、「タイの国王がそれほど国民の崇拝を受けているから・・・」ということもありますが、「タイは基本的に女系社会なので、タイの父親の尊厳が、母親に比べてほとんどない?」と言うことだと思っています。


 理由はともあれ、「ワン・メー」は毎年、学校行事があり、今年も相変わらず出かけてきました。
(本来は12日が「ワン・メー」なのですが、当日は休みになるので、前日に行われます。)

 
 まず、朝の8時半前には、ほとんどの児童のお母さんまたは、伯母さん、お祖母ちゃんが学校に集まりました。
本来なら、どの子もお母さんが来るのが理想なのですが、現実には本当のお母さんと暮らしている子供は、半数以下です。

 親がバンコクや外国に出稼ぎに行ったり、すでに亡くなっていたり、両親が離婚して、お祖母ちゃんに預けられている・・・などという子供が半分以上います。

 でも、皆、本当のお母さんのように暮らしているので、お祖母ちゃんだろうが、伯母さんだろうが、「母」として感謝しています。
私自身は、我が子ほど大事なものはないと思っていますが、最近の日本の事件や、タイでも多い、育児放棄するような親の元にいるよりは、親戚はもちろん、たとえ赤の他人だとしても、愛情を持って育ててくれる方がいいのかも知れません。



 まず、行事が始まる前に、ワン・メーに関する作品で、賞を取った児童たちの展示物を見て回ります。



 今回は、次男も王妃の絵を描いて、2位をもらいました。
他にも、母に関する感謝や、母の偉大さを表現した絵が並びます。

 
 校長先生の挨拶で、行事が始まると、まずは、「国王・王妃賛歌」の合唱です。(「コーデチャー・・・」と言う出だしのテンポの良い曲です。)
日本では、教師が「君が代」を歌うとか歌わないとかよく問題になりますが、ここタイではそういうレベルではありません。

 国歌や国王賛歌を歌うのはタイ人として当然のこと。
疑問に思うどころか、皆が競って喉が嗄れるのでは?とこちらが心配したくなるくらいの大声で、大人も子供も大合唱です。
特に、低学年の子などは、「わかったから、叫ぶなー!!」とこちらが叫びたくなるような調子です。
 
 そして、ワン・メーと言えば、「プレーン・カー・ナム・ノム」(「ありがたき母乳の歌」?)。
ちょっと変な訳ですが、内容は、「お母さんが、自分を産んで、母乳を与えて育ててくれた・・・」と、育児するのは当然のことなのですが、それに対する深い感謝の歌です。
これを、幼稚園児から覚えます。
こうして、タイの子供たちの頭の中には、ごく当たり前に母への感謝や敬愛が深く刷り込まれていくのです。(洗脳?)

 
 その次は、児童の代表による「タイ舞踊」を王妃に捧げます。(正確には、「王妃の肖像画」に・・・ですが。)



 それから、先生方が自身のお母さんを招待しており、その先生のお母さん(もうかなりのご高齢、でも毎年参加されているので、毎年何だか安心します。)先生方とそのお母さん方が舞台に上がって、感謝の意を込めて、タイでは普通、下につけない頭を、お母さんの足の甲に付けて深い感謝を表し、その後、マリ(=ジャスミン)の花を捧げ、お母さんが子供の頭を撫でたり、抱擁し合います。

 それが終わると、今度は、幼稚園児のお母さんから順番に、舞台に上って行き、先ほどの先生とそのお母さんたちと同じ行動を繰り返します。







 我が家の子供4人のうち、3人が小学生だった数年前は、上がっては降り、また上がって・・・とそれぞれの学年で3回繰り返したものですが、今年は2人なので、2回舞台に上りました。



 我が家の次男(中央)も今年は六年生、この学校で最後の「ワン・メー」でした。
この舞台の上で、母に捧げるジャスミンを用意するのですが、今年は、次男は奮発して、自分の小遣いから20バーツのジャスミンのプワンマーライ(花輪)を買って母に捧げてくれました。

 一方、三男は初めての「ワン・メー」で、何が何だか分からない様子でしたが、皆が会場脇で売っている造花のジャスミンのブローチを買っているので、何だか自分も欲しくなり、母にねだって、これも、これも・・と2個も買って満足していました。
そして、本来は舞台上で母につけて上げるはずのに、自分で付けて喜んでいました。

 舞台から降りた先生方とそのお母さんは、たくさんの子供から敬愛のしるしに、このジャスミンのブローチを贈られるので、もう胸中がジャスミンのブローチでいっぱいになっていました。




 これが、三男が欲しがったジャスミンのブローチです。



 このシンプルなもので、一個5バーツ、もう少し飾りが多いと、6バーツ、12バーツ程度なのですが、我が家は子供が4人なので、これが毎年、増える一方で、値段的には大したことはないのですが、貧乏性の私には何だか勿体無くて、「去年の使ってもいいのに・・・」とか、「兄弟で使い回せばいいのに・・」と思ってしまうのです。
 でも、まあ、結局は来年まで取って置こうと思っても、いつの間にかなくなっていたりするのですが・・。

 こうして、今年のワン・メーは無事終わりました。
さて、明日は、主人の実家に行って、義母を囲んで親戚で食事をする・・・「ワン・ヤー」(お祖母ちゃんの日)です。
・・・というのは、私が勝手に言っているだけですが・・・。
 やはり、タイの社会では女性が、しかも年を取れば取るほどゆるぎない存在になります。

 学校行事以外では、我が家にとって「ワン・メー」と言えば、「(主人の)母の日」つまり、子供たちにとっても、「お祖母ちゃん」の日に他ならないのです。



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Posted by バットニャオ at 04:03Comments(6)TrackBack(0)タイの行事

2010年08月09日

น้ำท่วม(ナム・トゥワム=洪水)

 カオパンサー(安居節)に入り、本格的な雨期に突入した。

 毎年、カオパンサーの時期は、毎日ある程度の時間に、激しいスコールに見舞われる。
この雨で、ひび割れていたイサーンの赤土の田畑も潤い、何とか耕作に入れるというわけである。

 そのため、まだ本格的な農耕機械を使わない時期なので、我が家の売り上げがガタっと落ちるのが、この時期になる。

 ところで、店の売り上げ不振期を除いて、カオパンサーというと決まって訪れるのが、

น้ำท่วม(ナム・トゥワム=洪水) である。

 先ほども書いたように、この時期の大雨は、日本の梅雨とは違い、しとしと・・・と一日中降っているわけではないが、空に大穴が開いたかのように、一時的にだが目の前が見えないくらいの土砂降りとなる。

 
 毎年、こうしたバンコクをはじめ、各地での洪水の話題は朝夕のニュースを賑わせるが、ここチャイヤプムでもある場所で、毎年、毎年洪水の被害が繰り返される。

 それが、県の中央に位置する「ジャオ・ポー・パヤレー」(建県の父・パヤレー)の銅像前である。

 ちょうど、我が家の長男が通学する高校はその目の前なので、毎年、毎年、この時期になると、チャイヤプムが大雨になった日やその翌日には、学校が休校になることが多い。

 日本なら、授業のカリキュラムが詰まっていそうなので、この洪水くらいでは、休校になど出来ないだろうが、昔の「南の島のカメハメハ大王」の歌詞ではないが、

「風が吹いたら遅刻して・・雨が降ったらお休みで・・」
という、状況である。

 まあ、日本なら、これだけ毎年洪水が起こる前に、行政が何らかの手を打つはずであるが、タイの役所はなるがまま~~なので、こうして、多いときは週に3回くらいの休校が、毎年続いているのである。

 もっとも、タイの学校の授業のカリキュラム自体が、そう綿密なものではないらしいので、先生の個人的な用事で自習を繰り返すことも多いらしい。
だから、年に数回の休校は、大して問題にならないのかも知れない。

 私も、子供が家にいる方が好きなので、大きな声では言えないが、密かにこの休校を楽しみにしていたりする。




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Posted by バットニャオ at 00:16Comments(4)TrackBack(0)タイの学校

2010年08月01日

幼稚園のทัศนศึกษา(校外学習)~その2

昨日の続きです・・・・。 


 もう、すでに予定時間から遅れているのに、何で・・・?と思ったものの、反対するわけにもいかず、そのまま成り行きにまかせることになりました。
 「せっかくここまで来たんだから、見学しよう」という思いつきだったと思うのですが、この「予定は未定」のタイ的性格は今に始まったことではないにしても、「こんな学校の公的行事にそれはないでしょう・・・」と泣きたくなりました。

 しかも、会場では、降りたい人は降りて見学して、残りたい人はバスに残っていてもいいと言っていたのに、結局全員が降り、しかもそこでの見学予定は一時間だと・・・。

 私は、今までの予定でも5時半頃に到着するかという予定なのに、これ以上遅れたら真っ暗になってしまう・・と本気で焦ってきました。

 とにかくもう帰れないものは仕方がない、そう諦めて会場を見学すると、そこは大学の農学部の展示場のようでした。
蘭の展示会があったり、牛や馬、豚やイノシシの飼育状態の展示があったり、農作物では、珍しい巨大瓢箪や変わった形のウリ科の野菜の展示がありました。




                 巨大瓜のドーム



 もう開き直ってみれば、いろいろ興味深い展示物もありました。
子供たちが見たいと言ったので入った蝶のドームでは、周囲に子供の頃の夏休みの課題で集めたような、昆虫採集の標本が飾られていて、お決まりの珍しいカブトムシや巨大蛾などもいましたが、よく家の前に朝方落ちている通称「メーン・ウッチャキー」(糞ころがし)なども飾られていて、こんな物をわざわざ飾るなんて・・という反応でみんな大笑いでした。

 そして、その蝶のドーム内で生きた蝶が飛び交っているのですが、そこに孫を連れて入ったミックの友達のおばあちゃんが、何とそこにいる蝶を手づかみで捕まえようとしたのには、ビックリでした。

 普通、常識的に考えれば、そういう場所では生き物に危害を加えないのはもちろん、なるべく静かに行動するものだという私の常識は、見事に崩れ去りました・・・。

 そのおばあちゃんの行為はもちろんのこと、他の子供たちも園内の狭い通路をバタバタ走り回って蝶を追い掛け回しているのです。

 先生も、「静かにして・・」くらいしか言わず、大して気にも留めていない様子でベンチに座って休憩中です。
しかも係員も誰もいません。

 蝶のドーム内は一瞬にして、嵐の幼稚園へと変わっていました。


 さて、激動の蝶のドームを出た私たちは、今度こそバスに向かうのかと思ったら、今度はトヨタ自動車と王室の共同企画であるらしい、子供向けタイの交通安全館のようなところに連れて行かれました。




           左側にトヨタのマーク、髪の長いお姉さんが司会者


 ここでは、子供向けにDVDの交通アニメが上映され、司会のお姉さんがいろいろ話してくれます。
朝から来れば、一人100バーツで昼食つきの交通安全講習が受けられるそうです。
 子供がDVDを見たりお姉さんと遊んでいる間、大人たちは、エアコンの効いた館内の床で、寝転がったりしてそれぞれ休憩していました。


 さて、ようやく一通りの見学が終わった頃には、すでに4時半を回っていました。
当初の予定なら、もう帰路に着いている時間です。


 私は、もう「ワット・パー・ラックローイ」に寄るのは中止にして、このまま帰りましょう・・・という先生の言葉を待っていましたが、信仰熱心なタイ人は、ここで止めたりしないようです。

 昼間から行ってもオドロオドロしいお寺の様子が、この夕暮れ時の西陽でさらにオドロオドロしさを増していました。



             お坊様がお経を上げてくれる入り口

 



     この閻魔様の目が扉になっていて、タムブンすると使者がお金を上に運ぶからくり






              「皆でタイで有名なケチ僧侶にタムブンをしましょう」
            (「ケチ」というのは名前です、日本語のケチではない・・・と思います)

 このお寺は、お坊さんの話し方からして、すごく商業的だなあ・・と感じてしまうのですが、ここまでやるともう、完璧な商売でしょう。
お金を入れると、お化けの人形が鳴いたり、お坊さんの人形がクルクル回転したり・・・。
子供は面白がっていますが、大人も喜んでいました。
こうして、この資金でこのお寺のオドロオドロしい建造物(罪業人形)たちが増え続けて行くのです。

 実は、私はここに初めてチャイヤプムに来た頃、連れて行かれたのですが、その頃は、その人形たちが物珍しくて写真を一杯撮ったりしたものです。
しかし、もうここに住んで、タイの宗教観や生き方に慣れた今、私はその人形たちをカメラで取る気にはなれませんでした。

 子供ではないのですが、「ピー(お化け)」が怖くなったのかも知れません。
 その人形たちが表現する、現世の罪業に起因するあの世での罰が、人事ではなくなったと感じるのかも知れません。

 その人形たちには、いちいち説明が書いてあって、殴り合って殺しあう男女に「いつも罵りあうとこうなる」とか、片手に包丁を持って、男性の性器を切とす男女に、「浮気をするとこうなる」とか、亀が血を流して泣いているのには「前世で亀を殺した男」などと書かれています。


 でも、子供たちの反応は至って無邪気なもので、腕白盛りのこどもたちは、その人形たちの伸びきった舌を引っ張ってみたり、目玉をむき出して死んでいる人形の目玉を突いてみたり・・と先生たちに怒られていました。

 以前、長男が幼稚園くらいのころに、日本から来た長男の友達をここに案内したことがあるのですが、そのときその友達はあまりのオドロオドロしさに気分が悪くなったらしく、泣き出してすぐに出て行ってしまいました。

 今回のタイの子供たちの反応を見て、改めて、日本人とタイ人の子供の感覚の違いを感じました。


 
 さて、この「ワット・パー・ラックローイ」を後にして、私たちはもうすっかり薄暗くなった帰路に着きました。

 帰りも行きと同じく、先生のカラオケのオンステージ。
ですが、夕闇にライトが映える分、車内の照明設備はさらに効果を増し、車内はすっかりカラオケパブ状態・・・。

 一日の疲れが溜まっているはずなのに、さらにテンションが上がっている子供たちは、カラオケの曲に合わせてノリノリで踊りまくっていました。
もともと、シートベルトなどのないタイのバス、子供たちもおばあちゃんも総立ちで踊り続け、学校に着きました。

 





 そんなこんなで学校に着いたのは、予定時間を全く無視した、午後7時半近くでした。




   



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2010年08月01日

幼稚園のทัศนศึกษา(校外学習)

 昨日、30日は我が家の三男・ミックの通う幼稚園のทัศนศึกษา(タサナスクサー=校外学習)でした。
 と言うのは建前で、その内容は単なる遠足に過ぎなかったのですが・・・。

 当初の行き先は、隣県コラートことナコンラーチャシーマーにある、「コラート動物園」、そして帰りに人間の罪業を表現した、オドロオドロしい建造物で有名な「ワット・パー・ラックローイ」に寄ってタムブンして帰ってくるという至ってシンプルな予定でした。

 もともと、幼稚園児が20人くらいのクラスに先生が一人という状況なのですが、学校から渡されたその校外学習のプログラムを見たところ、今回は幼稚園児だけではなく、小学1年、2年、幼稚園年長年少の4学年が揃って行くということでした。
 
 しかも、4学年で総勢111名の子供が行くのに、付き添いの先生は校長先生を含めてたったの5人・・・。
まあ、田舎の村立学校なので、学年に一人の先生しかいないのだから、仕方がないといえば仕方がないのです。

 ということで、我が家の腕白小僧・ミックが無事に行って帰って来るか・・・という不安から、先生に相談しようと思ったところ、学校側も、最初から地域の応援を当てにしていたようで、保護者の付き添い枠を20人くらい用意している・・ということだったので、主人の命令で早速保護者同伴で申し込みました。

 ところが、最初20人と言っていた付き添いの保護者は、当日には30人以上になっていて、さすがはアバウトなタイ人のこと、チャーターしていた観光バスも、幼稚園児は2座席に5人くらいで座ったり、大人が子供を抱っこしたりして、何とか全員乗って行くことができました。
 
 バスは普段は路線バスとして活躍しているバスを2台チャーターしました。
こういうことはよくあるのですが、私たちが乗ったバスは、普段は長男と長女がチャイヤプムの学校に通うために乗っているもの。
ですが、こういう行事で貸切となると、普段の運行予定から一台、二台と減らされて、それを利用している長男たちは学校へ行く時間が遅れたりします。
 今回借りた私たちは助かりましたが、長男たち普段の乗客にしてみれば迷惑極まりないのです。
 バス会社は、乗客の迷惑や不満よりも、まとめて入る臨時収入の方が大事なので、会社の責任とかいう問題を誰も追及したりしないのもタイ社会の特徴でしょう。


 さて、当初のプログラムは何だったのか・・・?と思ったのはこれだけではありませんでした。

 まず、集合時間。
プリントには、7時集合、7時半出発となっていたのに、前日に先生から、
「明日は6時半に集合してくださいね。そうすれば7時には出発できますから・・」と言われました。

 え?確か7時集合では?・・・予定は未定、さすがはタイか、と思い、当日6時半に行くと、もうほとんどの人が来ていました。
さすが、村人の朝は早い。

 そして、無事出発。
バスは一路、子供たち待望の動物園へ・・・。

 普段は路線バスなので、エアコン無しの天然エアコンバスの窓から吹き込む早朝の風は、エアコンよりも寒いほどでした。
しかし、路線バスでも音響設備には力を入れているので、前面のテレビ画面と、あちこちについているスピーカー、照明設備は揃っていました。

 早速、朝から大音響でカラオケ!です。
と言っても、マイクを持っているのはほとんど幼稚園の先生。
動物園に到着するまでの1時間半ほど、先生のオンステージ状態でした。


 さて、動物園に着くと、本来の目的の動物見学は歩くのが大変なので、園内の移動バスに乗って、車内から見る程度。
サファリパークじゃないんだから、車で見学なんて・・・と思いましたが、歩くのが嫌いなタイ人の事、乗るものがあれば乗る!のは常識です。

 そして、子供たちに宣伝しておいた、目玉の「メーオ・ナーム(アザラシ)」のショーの見学ですが、こういう平日にはたくさんの学校から見学に来るようで、ショーの会場は座る場所がないほど混み合っていました。




 
 こういうショーの司会者や飼育係の人は、日本でもタイでも本当に同じに見えるのが不思議です。
話す言葉は違うのに、以前品川水族館で見たショーを思い出しました。

 さて、アザラシのショーも終わって、昼食の時間です。
子供たちの昼食は、学校で用意するとあったので、お弁当でも頼むのかと思ったら、給食の大鍋にいつもの給食のようなメニューのカーオ・ラートゲーン(汁物かけご飯)のおかずとご飯を持参していたのでした。
バスの横についている荷物庫にしまって運んできたのです。
先生たちの節約精神に頭が下がりました。

 動物園の入り口付近で、数枚のござを敷いて全員で給食、もとい昼食です。


 その後は自由時間、本来なら、もう出発時間になっているのですが、のんびりした先生方は、子供たちがミニバイクやミニ乗用車などの遊具で遊んでいるのを横目に一休みです。

 私は一人で、「あ、もう時間過ぎてるけど・・」と焦っていました。

 ところが、やっと出発し、一路「ワット・パー・ラックローイ」に向かうのだと思ったら、

「この近くで農業科学技術展をやっているから、それを見学しましょう。」と、全く予定にない場所に寄ることに・・・・。



 長くなりましたので、この続きは明日に・・・。

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